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第3話 1401号室

社長連中に続いて僕もバスを降りた。


「ふ~,やっと着いたなー,疲れた,疲れた・・・半日もバスに乗ってると腰に来るな。


タカシは若いから全然平気だろ?焼肉も食ったしなー。」


僕はオヤジ連中とは違うぞ!と言うところを見せようと


「ハイっ!僕は若いですからネー!元気いっぱい,腰だって何ともないですよ!」


と答えるつもりだったけど,真昼の2時半。


てっぺん近くから照付ける太陽と石を敷き詰めた舗道からの照り返し,


それに雨上がりの水分をたっぷり含んだ空気のせいでげんなりしてしまった。


僕は舗道の端の街路樹の木陰へと逃げ込んだ。




僕は街路樹の木陰から出ないように首を傾けてホテルを見上げた。


これが今夜のホテルか・・・


「ふ~ん,なかなかいいじゃん!」


いや,今夜のホテルではなく,明日もこのホテルに泊まる予定なので今回のホテルである。


ベースはゴシック様式かな? そんなに新しくはないぞ,外壁は石貼で,窓は・・・・


などと,一応建築に携わる者として,そんな事を考えてる間もなく


添乗員にうながされて僕達はホテル内へと入って行った。



ロビーは外から見るよりずっと広く天井が高かった。クラシカルな雰囲気のするロビーで


広いフロントにはカーキ色の制服を着たフロント係りが4~5人いた。


建物を支える大きな柱が何本もあり,そのうちの1本の脇で僕達は添乗員の説明を受けた。


「えー,皆様大変お疲れ様でした。本来でしたらまだ観光をしている時間ですが


予定変更の要望が多かったのでこうして早々とここにいる訳です。


これからチェックインの手続きをしてきますので,後は社長さんの説明を聞いて下さい。」


添乗員はそれだけ言うと,ペコっとお辞儀をしてフロントの方へ歩いて行った。


「そういう事でこれから部屋に行きます。まず1401号室にみんな入ってもらいます。


そこでそれぞれ好みのを見つける。後はそれそれの部屋に行って楽しんでください。」


ボスは嬉しさを隠しきれないと言う様子でそう言った。


「え?ホテルの部屋で女の子を指名するの?食事の時に御対面じゃなかったの?」


正直僕は動揺した。


でも,動揺したのは僕だけじゃなかった。


僕の横にいた僕と一番歳の近い塗装屋のケンちゃんが僕をこずいて来た。


「晩飯の時,飲みながら指名するんじゃなかったのかよ?1401号室って言ったけど個室だろ?


そんな2~30人も入れる広い部屋ってあるのかな?なんか緊張するなー。」


「さあ,僕に聞かれても知らないよ。たぶんそうなんじゃない?」


僕は平静を装いながらそう答えたものの,僕だって緊張していた。


大きなホテルだからたぶん広い個室があって,大きなソファとかドーンと置いてあり


あっち側に僕達が座り,反対側に女の子が座り,ゆっくりと指名する。


僕はそんなイメージを描いた。


でもイメージをすればするほど緊張感は高まるばかりだった。


一人の女性と会うのだったら,また,夜になってアルコールも入っていれば,


そんなに緊張もしないだろう。


しかし,陽も高い明るいうちからホテルの一室で女性を選ぶなんて・・・


まだ女性経験少ない若い僕にとって緊張するのはごく自然の事だ。


「あー,俺だんだん緊張してきたわ。自分はあんまり緊張してないみたいだな?」


「そんな事ないよ,でも,なんだかワクワクやね。」


ワクワクするのは本心であり,そのために遠く異国の地までやって来たのだから。



そんな若い僕達の会話をよそに他の社長連中はと言うと,笑顔で雑談をしている。


これが年の功と言うやつだろうか。慣れていると言うか,擦れてると言うべきか,


年とって感覚が鈍っているのだろうか,緊張のかけらなんて微塵も無い。


「僕も早くああなりたい・・・」


感覚が鈍るのはイヤだけど,物事に動じない社長連中を見て僕はそう思った。



そうこうしているうちにフロントでチェックインを済ませた添乗員が戻って来た。



「ハイ,皆さん部屋のキーを渡します。皆さん同じ14階の部屋になっています。


名前を呼びますからキーを受け取って下さい・・・」


僕は受け取ったキーを見た。アクリルでできたグリーンの四角いホルダーには


1409号と書かれてあった。


「お!ひょっとして自分,俺のお隣さんか?」


「う,うん・・・たぶんそうだと思うよ。」


ケンチャンの問いかけに僕は答えた。


ケンちゃんは大阪暮らしか長かったせいか,相手の事を自分と呼ぶ。


出会った最初の頃はなんで僕の事を自分と呼ぶのか不思議だったが,


しばらくしてから関西人は相手の事を自分と呼ぶものだ,と言う事をTVでやってたのを見て


なるほど,そうなのか,と納得したのだった。今は全く違和感は無い。



キーを受け取った僕達は添乗員,ボス,そして世話役の後に続いてエレベーターに乗った。


14階着き,エレベーターのドアが開くとそこにはまっすぐに伸びた廊下が伸びていた。


普通エレベーターは階の中ほどとかにあるものだけど,このホテルのエレベーターは


階の一番端っこに位置し,それも廊下の方を向いて出入りする変な作りになっている。


部屋のドアーには14から始まる部屋の番号がついたプレートが並んでいる。


1420,1419,1418・・・廊下を進むにつれて部屋の番号は若くなって行き,


僕達はエレベーターとは一番反対側の部屋までやってきた。


添乗員が口を開いた。


「皆さんはこの部屋に入ってしばらくお待ちください・・・」


ボス,世話役の男,そして添乗員を除く僕達は部屋に通された。


全員が部屋に入るとドアを閉め,3人は姿を消した。



部屋はセミダブルサイズのベッドが2つと,ちょっと大き目の応接セットが置いてあった。


おそらくダブルの客室だろう。


2人で過ごすには十分な広さだけど,大の男達を10人近く入れられるとさすがに狭い。


僕達はなぜかベッドの方ではなく,通路側に一列に並んだ。


肩と肩が触れて窮屈だ。おまけにカーテンはまだ閉まっているとは言え,西日が照りつけて


とても蒸し暑い。


誰かエアコンを付けてくれればいいのに・・・


そう思って横を見ると,さっきまで余裕の笑顔だった社長連中の表情が硬い。


反対を見ても皆同じように緊張した面持ちで無口になってしまった。


僕はそんな社長たちが可愛く思えた。


「なんだよ,やっぱり緊張するんだ・・・まあ無理も無いよな。


素面しらふなのにこんな目と鼻の先に若い女性がやって来て,そしてその中から一人だけ


選べって言うんだから,おじさんと言えどそりゃ緊張しないはずないって・・・」


そう思っている僕自身,ロビーにいた時より緊張感が確実に増していた。暑さと緊張で口が渇く。


額からは汗がにじみ出し,脇の下はびっしょり濡れている。そしてお尻の谷間までを汗が流れるのが


よくわかった。


僕はポケットからハンカチを取り出すと額と首筋のの汗をぬぐった。



「どんな女の子が来るのかね・・・」


水道屋の社長の椋田むくたさんが口を開いた。


「あのな,よ~く見てあわてないで選ばないといかんよ。できればあんまり美人を選ばない方がイイ。


美人は人気があるから客慣れしてて擦れてる場合か多いからな。」


最年長の瓦屋の野下さんが答える。


「・・・なるほど,野下さんの言う通りかもしれない。ここは年寄りの言う事は素直に効こう。


あまり美人はダメ・・・美人はダメ・・・美人は・・・」


僕は間近に迫った作業のテクニックとして,野下さんの言葉を脳みそに刻んだ。


頭の中でそんな事を呟いていると,隣からウイスキーの小ビンが廻って来た。


「タカシ君,お前も緊張するだろ?ほれ,気付けに一口飲んどけ。」


そう言いながら塗装屋の長谷川さんがボトルを渡してくれた。


「ああ,すいません・・・ありがとうございます・・・。」


本当は冷たい水か麦茶が欲しかったけど,乾いた口を湿らすのにはウイスキーでも


有難かった。むしろ酔えるウイスキーの方が良かったかもしれない。


僕は長谷川さんから小ビンを受け取ると天井を仰ぎ,グッと一口含んだ。


口の中から鼻へと芳醇な香りが駈け抜ける。そして一気に飲み込んだ。


ゴクリと喉が鳴った。


「うっ,ふ~っ・・・・」


焼けるような感覚が喉から食道,そして胃袋に広がり,全身の血管が拡張した気がした。


「う・ま・い・・・・」


強い酒だった。ラベルを見たけど銘柄なんてわからない。でもうまかった。


もう一口・・・と飲もうとした瞬間,横からニュツ!と手が出てきて


持ってた小ビンを取り上げられた。


「自分はもう飲んだろ?次,俺の番ねー。」


そう言いながらケンちゃんは続けて2口飲んだ。


「ずるい奴だ,他人のウイスキーなのに・・・」


そして小びんはケンちゃんから山村さんへと渡って行った。



「ガチャッ!」


一番端の江田さんまで小ビンがたどり着いた時入口のドアが開いた。



「いやいや,皆さんお待たせ!」


笑顔でボスと世話役の男が入って来た。


ボスは入口のドアを押え,世話役の男が廊下へ身を乗り出すように手招きした。


10秒ほど間があっただろうか,そろそろと12~13人の若い女性たちが部屋の中へ入って来た。



第4話へ続く。







































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