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第1話 異国の地へ

1980年代日本は買春ツアーが盛んだった。

建設会社に勤める好奇心旺盛なタカシ。社会勉強のつもりで若干21歳ながら取引先の社長連中と異国の地へ渡った。

隣の席の山村さんに脇腹を突付かれて,僕は眠りから覚めた。



「う・・・うう~ん・・・あいつつ,頭いてー・・・」



さっき飲んだ訳のわからないまずいウイスキーのせいだろうか?・・・僕は軽い頭痛を覚えた。


窮屈なシートで伸びをし,頭を左右に振ると右のこめかみ辺りがズキズキ痛む。



「よう寝てたなぁ,ホラ,もうすぐ着くぞ。これ飲んどけ。」



まだぼんやりとした目の前にぬっ!と指し出された大きな手。


その手のひらの上には風邪薬のような赤いカプセルが2個載っていた。



「・・・何ですか?これ・・・」



隣に座っている山村さんは僕の顔を見ると


いたずらそうな怪しい笑みを浮かべている。



「病気にならない薬さ・・・いや,正確に言うと病気になりにくい薬かな?


いいからホラぁ,早く飲めって!水なしで飲めるだろ?それとも水もらおうか?」



山村さんはそう言うと,もう片方の手に握っていたらしい自分の分をポイっと口へ放り込んだ。



「はぁ・・はい・・・」



山村さんは僕より一回り以上も年上だし,仕事関係者の中では遊び人と評判の人だ。


遊びの事についてはこの人の言う事を素直にきいておいた方が利口だろう。


ちょっと怪しい気がしたけど,僕は水は要らないと答え言われるままに薬らしき物を口に含む。



機内アナウンスが流れると機体が傾き,大きく旋回するのを感じた。



山村さんは窓の外を見ている。


僕も身を乗り出し,山村さん越しに窓の外へ目をやった。


日本を発つ時は黒に近い濃いブルーだった海の色が鮮やかなライトブルーに変わっている。


あちこちに白い波が立ち,ところどころ海中の岩礁が透けて見える。


そしてそのずっと先の方に小さく赤茶けた陸地が見えて来た。



「あーあ,ついに来ちまったか・・・」



心の中でそうつぶやきながら僕はシートに体をあずけた。


そして日本語で流れる機内アナウンスに促され,シートベルトを着用すると再び目を閉じた。


挿絵(By みてみん)


さあ,これからどんな事が僕を待ってるんだろう?


本当にここにいる社長連中から聞かされたようなパラダイスが待っているのかな?


僕の心の中に広がって行く大きな期待と初めて異国へ降り立つ緊張感。


肘掛を掴む僕の手の中には汗がにじんでいるのがわかる。



やがてエンジン音が大きくなると機体は軽い衝撃で揺れた。



「ふー,無事に着陸か・・・やっと着いたな・・・」



山村さんはそう言うとシートベルトを外した。


シートベルト着用のサインはまだ点いている。


機内アナウンスもまだシートベルトを外さないように呼びかけている。


僕は素直にアナウンスにしたがった。



滑走路の端まで行くと機体はゆっくりと方向を換え,ターミナルを目指す。


ターミナルが近づくにつれて,窓からは見慣れない文字の標識や看板が目に飛び込んでくる。


それらの標識や看板が僕の緊張感をいっそう高めた。



「日本の滑走路に比べて揺れがひどいだろ?やっぱり何でもメイドインジャパーンだよな。


国際基準の滑走路だって日本とはこんなに違うんだからねー。」



僕は緊張感からか気がつかなかったけど,言われてみると確かに山村さんの言うように揺れが大きい。


でも,国際基準ならどこの国でも同じ仕様,同じ精度なはずなんだけど・・・。」


まあ,僕にはそんな事はどっちでも良かった。それより僕には間近に迫った不安で頭が一杯だった。



「無事に税関を通れるだろうか?・・・」



なぜならパスポート申請の時の署名を間違って書いていたからだ。


名・姓 の順番で書かなければいけないのに,僕は緊張して 姓・名 と書いてしまった。



「署名の時は緊張するから間違うなよ。」



そう部長から言われていたのに・・・やっちまった!のだ。


パスポート申請係りの女性は,困った奴だと言いたそうに,ちょっと渋い顔をしながら言った。



「今回はアジアですよね?アジアなら多分・・・大丈夫だとは思いますけど・・・・


でも,アメリカやヨーロッパ方面へ行かれる時は再申請された方が良いでしょうねー。」


「多分?・・・多分大丈夫・・・」



大丈夫とは言われたものの,僕には「多分」と言う2文字がすごく心配だった。


No!と言われて僕だけ入れなかったらどうしよう!


その時は一人で日本へ帰るのか? それともこのまま空港に残り皆を待ってるのか?


いやいや,大丈夫と言われたんだから大丈夫だよ,うん,心配するな!


とにかく今回だけ何事もなく税関を通過できればいいんだ。自信を持て!


そう自分に言い聞かせ続けた。



僕の不安をよそに,連れの社長連中や他の搭乗者はスムーズに税関をバスして行く。



「無事に通れますように・・・」



僕は心の中で祈った。額から汗が噴出してくる。



いよいよ僕の順番が廻ってきた。


浅黒い肌をした眼光鋭い税関の男にパスポートを指し出した。


男は偉そうにパスポートを受け取るとジッとパスポートを睨んでいる。



「・・・・・・・・・何?」



他の搭乗客より明らかに時間が長い。心臓の鼓動が早くなる・・・



「何やってんだ!早くしろよ,早くスタンプ押してくれー!」



心の中で搾り出すような声で叫ぶ!僕の緊張はもうピークに達している。


男はパスポートから顔を上げると今度は僕の顔を見た。


僕も一生懸命作り笑いで男を見る。


男はしばらく僕の顔を見た後,わけのわからない言葉で話しかけて来た。


たぶん何か質問をしているのだろう。英語には違いないが現地のなまり?と早口で,


何を言ってるのか僕にはさっぱり聞き取れない。



「・・・・・」



僕が困った顔をして黙っていると,男は眉間にシワを寄せ再度質問をして来た。



「ユー!ジャパニーズ?」



今度はゆっくりとしゃべってくれた事もあって,ハッキリと聞き取れた。



「イ,イエス!イエス!アイアムジャパニーズ!」



僕はあわててそう言いながら,何回も首を縦に振って見せた。


すると男は,怪訝なそうな顔をしながらも,右手に持っていた入国許可のスタンプを


バン!と振り下ろしてくれた。



「ああ,よかった~・・・」



大学受験,いや高校受験に合格したような気分だった。


僕は思わず笑顔になったが,明らかに引きつっているのが自分でもよ~くわかった。


汗びっしょりな手で男からパスポートを受け取り,呼び戻されないうちにその場を去ろうと


先に税関を通過した社長連中の元へ走って行った。



「おおーっ,お前ホントに通れたのかー!」と笑いながら僕のボスが冷やかす。


「ハイ!おかげ様で・・・マジでドキドキしましたよ。」


「お前は色が黒いから現地人だと思ったんじゃないのか?」


「ひょっとして麻薬かなんかの運び屋とか思われたんじゃないか?・・・」


「日本人と見てくれて良かったなぁ!」



ハイハイ,なんとでも言ってくださいな・・・


僕はそう思いながらポケットからハンカチを取り出し額の汗をぬぐった。


みんなから冷やかされたけど,これで一安心だった。


そう言えばいつの間にか頭痛も消えていた。



「それじゃあ,行くかー!」



そう言うと僕のボスは床に置いていたショルダー式のバッグを肩に掛けると


人ごみの中をターミナルの出口を目指して歩き始めた。


他の社長連中も後に続いて歩き出す。


僕も最後尾から後に続いた・・・



大勢の人達でごった返す到着ロビーを抜けると出口で一人の男が待っていた。


僕のボスは懐かしそうにその男と握手すると皆を手招きした。


背はそう高くないが,色黒でガッチリしておりおまけに強面だ。現地の世話役だろうけど,


ボスの知り合いなんだろうな?


男は奇妙な柄のアロハっぽいシャツにベージュの短パン,素足にコンバースのスニーカー


と言うラフな格好で,手には茶色いクロコのセカンドバッグを持っている。


そして胸元にはギラギラと光る太いネックレス,腕には同じく金のブレスレット。


一頃のプロ野球選手のファッションとでも言うか,何とも怪しげな雰囲気がプンプンと言った感じだ。


男は強面の顔に似合わない人なつっこい笑顔を浮かべながら,こっちこっち!と皆を先導する。


男とボスは先頭を並んで歩き,僕達はその後に続いた。



僕達はターミナル前の広い道路を横切り,駐車場の中を歩いて行く。


雨上がりなのか,あちこちに水溜りが残っている。


ギラギラと降り注ぐ太陽と水溜りの反射がまぶしい。


僕は胸のポケットからサングラスを取り出した。


梅雨明けの日本を出る時も暑かったが,こちらも負けずに暑い。


いや,湿度が高い分だけこちらの方が暑く感じた。



「ハイ,皆サン!オツカレデス。皆サンノ乗ルバス,アレデスヨ!」



男は歩きながら片言の日本語で,駐車場の端っこに留まっている派手なバスを指さした。



「おー,でかいしなかなかいいバスじゃないか!」


「うんうん,これくらいあれば文句ないねー。」


「便所は付いとらんのかなー?」



社長連中の発する言葉にボスと男は満足そうな顔をしているが,僕はげんなりした。


男のファッションもイヤらしいけど,このバスもまた負けずに下品である。


何色もの原色で彩られたデザイン。そして一番目立つ横っ腹には,ド派手なメイクに水着姿で寝転ぶ


女性の写真がプリントされたバカでかい広告。一体何の広告だろうか。


日本ではこんなバスには乗りたくない!


僕の頭の中で,なんとなくこの国のイメージが固まりつつあった。



「皆様,遠方からの長旅お疲れ様でしたー。どうぞ足元に気をつけて御乗車下さい。」



出た!流暢≪りゅうちょう≫な日本語で迎えてくれたのはくるくるショートパーマの金髪頭。


でっかい丸いサングラスをした背の小さい年増の現地バスガイドだった。



「やっぱり・・・それに・・・おばちゃんか・・・」



異国情緒たっぷりの,若くて美人のバスガイドを期待していた僕は,ちょっぴりがっかりした。


でも反面,このバスにはこれくらいのガイドでないとダメなのかな?と妙に納得もした。


そんな僕の心を見透かしたように



「そうがっかりしなさんなって,お楽しみは夜ってことさ!」



そう言うと山村さんがポン!と僕の肩を叩いた。


でもなぁ・・・これじゃあ夜もあんまり期待できないかもしれない・・・





僕は他の社長連中を尻目に,さっさとバスに乗り込むと最後部のベンチシートへ座った。


バスガイドがおばちゃんだったから,と言う理由もあるけど


歳の離れた社長連中と話しをしても会話がつながらないのでつまらない。


それに飛行機のシートが窮屈だったので,観光する時はゆっくりと座りたかった。


僕は腕時計を見た。


「まだ10時半か・・・腹減ったなぁ・・・朝めし抜きだったもんな・・・それに歯も磨いてないや。」


僕らは通常の一番機より10分早いチャーター便に乗った。家を出たのは朝5時前。


朝が早いからと前の日は早くベッドに入ったのに,今夜の事をあれこれ想像しているうちに


すっかり目が冴えてしまった。そうなるともう寝られない。


酒を飲んでみたり,ゲームをしてみたけどどうにも眠くならない。


「うむ・・・眠れない・・・どうしたものか・・・」としばし思案の末,


「眠くならない時はやっぱりあれか!」と思いついたのがオナニーする事だった。名案だった。


僕はパソコンを開くと「お気に入り」に登録してあるアダルトサイトをクリックした。


そして過去に観た事のある動画の中から気に入ったものを検索すると素早く事を済ませた。


そのおかげでようやく眠りにはつけたものの,目覚めるのも遅すぎたのだ。


「やっべー!あと10分で家を出ないと飛行機に乗り遅れちまう!」


バタバタを着替えを済ませ,せっかくお袋が用意してくれた朝食も取らず家を飛び出した。


そう言えば家を出る時,「バカ野郎が・・・・」と親父の声が聞こえたような気がする。


「食べる物なんて何も持ってないし,昼まで我慢の子かぁ・・・」



僕はあきらめてぐったりと寝そべるようにシートにもたれた。


他の社長連中も思い思いに自分の席を確保し,楽しそうに談笑している。


そんな社長連中を見ながら僕は思わず苦笑いしてしまった。


考えてみればあわてて一番後ろの席を取る必要なんてなかったのだ。


貸し切りの40人乗りワンマンバスには僕ら10人しか乗らないのだから。


旅行会社の添乗員,現地の世話役の男,バスガイド,そして運転手まで入れても14人。


皆2人掛けのシートに一人ずつゆっくり座れるのだ。


普段からちょっとおっちょこちょいな所のある僕だけど,異国の地に来た事に加えて税関の件で


すっかり冷静さを失っていたのだった。


第2話へと続く・・・


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