六 ライバル意識
六
特訓の開始から三週間が経過した。あれから雨は一切降らず、常に快晴。まさに特訓日和の連続だった。まるで二人の決意を後押ししているかのように感じられる。二人は土日も変わらずに特訓をした。土曜日は午前で授業は終わるし、午後はフリーだ。日曜にいたっては丸一日空いている。絶好の特訓日だった。今日は日曜日だ。
いつもの川原で気合いの入った声がする。
「後一本だよ! 頑張って!」
一足先に新トレーニングメニューである『二〇〇メートル三本』を終えた藤堂がストップウォッチを片手に叫ぶ。
「おお!」
鹿島は余裕の表情で答える。
もう三週間前の鹿島ではない。まったくの別人になっている。藤堂から効率の良いフォームを教えられ、筋力以外の部分も強化されていた。情けない鹿島の姿は消え去った。
あれから、鹿島は弱音の一つも吐かなかった。学校で棄権をしろ、と詰め寄られても悲しくなくなっていた。それどころか、せいぜい努力しろよ、と思うようになっていた。
普段から運動をしない者が急に本来の実力を発揮することは不可能だ。本番で発揮出来ない実力は実力とは言わない。それを鹿島は分かっていた。他のリレーメンバーは学校以外で練習はしていない。鹿島とメンバーとの実力差は微々たるものに変化している。
その証拠に、学校で行われる練習で、確実にチームメンバーよりも良い動きをしていた。鈍く、ゆっくりと腕を動かす彼らよりも、鹿島は素早く、風を切るようにして腕を振っていた。そして、もうすでにメンバーの内の一人のタイムを超していた。しかし、メンバーはそれをまぐれだとしか受け取っていないようだ。
藤堂の方はというと、あまり成果は芳しくない。タイムを計測しても鹿島よりも遅かったし、体力も伸び悩んでいる。藤堂はそれを少し気にしているようだった。だが、一言もそんなことは言わず、黙々と練習に励んでいた。
「三十九秒ちょうど! お疲れ様!」
ぜいぜいと息を切らして鹿島は膝を折る。このメニューでは特にペナルティは課されないが、鹿島はそのすべてを全力で行った。少しでも練習を怠れば、今までの苦労がすべて水の泡になってしまうような気がした。勝利をうたかたの夢とするのは御免だった。
「良い調子だね」
満面の笑みでタオルを持って鹿島の方へ歩み寄る。鹿島はタオルを受け取り、溢れ出す汗を拭きとる。そんな鹿島の姿を見ている藤堂は、とても嬉しそうだった。
藤堂も、以前とはずいぶん変わった。常に何を考えているか分からない表情だったが、今では笑っていることが多い。常に感情を表に出さなかったが、今では嬉しい、悔しい、などの感情を表に出すようになっていた。これもひとえに、特訓と鹿島のおかげだろう。
「もしかしたら、勝てるかもしれないな」
拭いても、拭いてもあふれ出てくる汗を何度も拭く。拭き損ねた汗が地面に落ちてじわりと滲む。
「鹿島君が一生懸命頑張ったからだよ。当然のことだよね」
「そうだなあ。もうあいつらに負ける気はしないな」
鹿島の顔は自信に満ち溢れていた。悪く言えば天狗になっていると言っても良いだろう。
「もう僕なんかとっくの昔に抜かしちゃったね。僕の方が早くに特訓を始めてたっていうのに」
笑ってはいるが、そう言う藤堂の目は何となく寂しげだ。
「まだ後一週間もあるんだし、大丈夫だよ」
「そうかなあ……」
しばらく休憩した後、二人は川原を離れて町内をランニングして回ることにした。いつまでも川原にいては気が滅入ってしまうし、なにより藤堂に気分転換が必要だと鹿島は判断した。町内は昼前だというのに人が少なく、閑散としていた。二人は黙って走っていく。
途中、クラスの人間に遭遇したが、無視をした。清々しい天気なのにも関わらず、二人の周りには重い空気が漂っていた。その空気に耐えかねた鹿島が藤堂に話しかける。
「なあ、藤堂」
「なに?」
「タイムが伸びないのってさ、張り合う相手がいないからじゃないか?」
「張り合う相手は隣のクラスの人たちでしょ? あ、とりあえず自分のクラスの人たちもかな?」
「んー……やっぱりライバルって身近にいた方がいいと思うんだよな。うん。あ、そこの角は右に曲がって」
鹿島が右手で進行方向を指さす。駄菓子屋の前を横切り、また走り続ける。遠くに犬を散歩している男性が見られる。
「そうかなあ」
「そうだよ。だからさ、俺と対決しない?」
「え? 何で? 僕らは同じチームじゃない」
「一緒のチームだけどそうじゃない。お互いアンカーだし、どちらが一等賞を取るか。どう?」
「う、うーん……」
この提案は以前の鹿島では考えられないほどにアクティブなものだった。
「いいよ。やる! でも、やるからには絶対に負けないからね。覚悟しておいてよ!」
藤堂からみるみるうちに気迫が溢れ出す。どうやら鹿島の提案は大成功だったようだ。他の人間がヘマをすることで勝率が変化することには目をつむる。まずはなにより、藤堂を励ますことを優先した。
「よーし! そうこなくっちゃな」
「絶対に、負けられないね。この運動会は」
そう言うと、藤堂がペースを上げて走り出した。俄然、やる気になったようだ。鹿島も、その後に懸命について行く。
青い空が清々しい、日曜の午後。




