十三 手紙
十三
運動会が終わってからというもの、藤堂は姿を見せなくなった。鹿島の前に姿を現さないのではなく、学校にすら来ていないのだ。クラスでも噂されるようになってきた。死んでしまったという噂もまことしやかにささやかれている。
鹿島は、あれからずっと罪悪感にさいなまれていた。怒りと憎悪は、悲しみと後悔に変わっていた。
なぜあんなことを言ってしまったのか、今の鹿島には理解出来なかった。鹿島は、彼からの優しい抱擁を痛めつける刃だと勘違いしてしまっていた。藤堂は、優しく近付いて、鹿島を切り付けるのだと。しかし、実際は鹿島が藤堂を切りつけていた。鹿島はより残酷な斬撃を藤堂に加えることになってしまった。
藤堂のあの判断は、決して容易なものではなかっただろう。クラスの人間が、藤堂の行為を認めてくれるとは限らないのだ。もしかしたら、ひどい誹謗中傷を受けるかもしれなかったのだ。そのリスクを冒してまで、彼は鹿島を助けたのだ。それは憐みではなく、両親から受ける愛よりも暖かな真の愛情だったのだと鹿島は思う。
それを鹿島は無下にした。それどころか、藤堂の気持ちすべてを踏みにじり、彼のしてくれたことすべても否定してしまった。藤堂が特訓に誘ってくれなければ、もっとみじめな結果が待っていたというのに。
放課後、鹿島は二度と行かないと言った保健室に行くことにした。黒田にも、謝らなければならない。真剣に鹿島を治療して、何度も励ましてくれた人に。
保健室の戸を開けると、黒田が窓際で佇んでいた。手には手紙らしきものが握られている。
「もう、二度と来ないんじゃなかったのか?」
黒田は冷淡な声をしている。怒っているのか、それとも悲しんでいるのか、まったく声から読み取れない。
「その、黒田先生。ごめんなさい。えっと、藤堂のことなんだけどさ……」
「藤堂君なら、さっきここに来たぞ」
「え?」
「こいつをお前に渡してくれとさ。ほら」
黒田は、手に持っていた手紙を鹿島に渡した。
「お前は、本当に良い友人に恵まれたな。うらやましいくらいだ」
鹿島はそれを広げると、綺麗な字で、こう記されていた。
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鹿島俊夫君へ
まず、運動会のことを言い訳させてほしいです。
僕は、白組の優勝よりも、鹿島君を心配しました。その理由は、僕は、鹿島君が好きだったからです。でも、これは男の子が女の子を好きなるような感情ではありません。人として、鹿島君が好きなんです。いつも前向きで、ちょっと泣き虫で。そんな鹿島君が大好きです。それに、いつも僕を心配してくれました。僕が泣いている時も、励ましてくれた。だから、僕は鹿島君を放っておけなかったんです。絶対に、鹿島君をバカにしてやろう、とかそんなことは一切考えていませんでした。本当にごめんね。
もうこれ以上、運動会のことは書きません。
それと、ずっと学校に行けなくてごめんね。
あの運動会の日に、僕のお父さんは死にました。もう僕は悲しくて、悲しくて仕方がありませんでした。今日まで、手が震えて、鉛筆を握ることすら出来ませんでした。だから、学校も休んでいました。お父さんが死んじゃったのは、僕が負けたからなのかな? 今ではもう分かりません。勝ってたらどうなってた、とか考えたくありません。でも、鹿島君のせいじゃないのは確かです。そのことは気にしないでください。謝らなくてもいいです。
それで、僕は今日転校します。お母さんの実家に帰るんだそうです。そこは遠くて、鹿島君にはもう会えないらしいです。本当に寂しいです。
鹿島君、短い間だったけど、本当に楽しかったです。こんな形でしかお別れを言えなくてごめんなさい。出来れば、直接言いたかったけど、きっと鹿島君が嫌がると思って、手紙で伝えることにしました。もし、怒らせちゃったならごめんなさい。こんな意気地なしの僕を許してください。
鹿島君に会えて、本当に良かったです。きっと鹿島君がいなければ、僕はクラスでもずっとひとりぼっちだったと思います。もっと鹿島君と遊びたかったな。
あまり長くなるといけないので、これで終わりにします。
今までありがとう。また、どこかで会えると良いね。
藤堂 博
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「俺……なんてことを……」
鹿島は、手紙をぎゅっと握りしめた。
手紙を読み終えた鹿島は、その場で泣いた。全身を震わせ、全力で。今までの分も、これからの分も、すべての涙をこの時流した。胸にぽっかり空いた穴に、涙が吸い込まれていく。しかし、いつまで経っても、その穴は涙で満たされない。それどころか、どんどん穴は大きく、深くなっていく。鹿島は、涙の海に溺れた。
手紙はぐしゃぐしゃになっている。
――藤堂のお父さんは自分が殺してしまったのかもしれない。藤堂と別れることになったのも、全部自分のせいだ。全部、全部! 俺はなんてことをしちゃったんだ……。
鹿島は、別れは言えなくても、せめて、せめて藤堂に謝りたかった。そして、今まで言うことのなかった感謝を述べたかった。
ただ一言。ありがとう、と。
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次回が最終話となりますが、もやもやとした気分になりたくない方、この話を純粋なもので終わらせることを希望する方などは、最終話を読まず、この話を最後としてください。