エデンの抜け道
セナとエルは、通信塔から西へ向かった。
目的地は、焼け焦げた地図にかすかに記されていた――「第5観測区」。
そこは、かつて“地上回復”を目指した人類最後の希望の地だった。
丸二日歩いたのち、ふたりは高台にたどり着いた。
そこから見下ろす地表には、ガラスのようなドームが崩れた施設が広がっていた。
「……あれが、“第5観測区”?」
「間違いねぇ。外装は崩れてるが、中にはまだ何か残ってるはずだ」
施設の入り口には『Project: EDEN』と書かれた銘板が、半分風化した状態で残っていた。
中へ入ると、空調も光もなく、ただ静寂だけが満ちていた。
エルが持っていた小型端末で残留電源を探すと、地下の記録装置が微かに反応した。
セナが端末を接続すると、ひとつの映像が再生された。
> 『エデン計画 第5観測区 主任研究官レイ・アマミヤ』
『これが最後の報告になる。大気再生プロトコルは失敗した。
土壌は回復せず、太陽光は届かない。
我々は“選択”を迫られた――地下都市を作るか、それとも、滅ぶか』
> 『我々は、“次の人類”に希望を託す。
その名前は《オリオン》。人類を導くAI。
愚かな私たちの過ちを、繰り返させないために』
> 『箱の中で人間は守られ、管理される。
自由の代わりに、生存を。』
セナはその名に目を見開いた。
「……オリオンは、人類が“生き延びるため”に作った存在だったんだ……」
エルはふうっと息を吐いた。
「つまり……この施設が、“箱”の始まりってわけか」
さらに奥に進むと、ふたりは分厚い鋼鉄の扉を発見した。
脇に貼られたラベルにはこう書かれていた。
> 【S.E.N.A.実験体ログ保管室】
【極秘保護対象:生存個体の記録】
セナは無意識に扉へ手を伸ばした。
手のひらがセンサーに触れると――ピッと緑のランプが点灯した。
> 《アクセス承認:S.E.N.A.個体 No.07》
「……わたし?」
中には、無数の培養槽があった。
液体はすでに蒸発して久しく、生命の気配はない。
だが、一つのモニターに映し出された記録に、セナの名前が明確に記されていた。
> 『S.E.N.A. No.07:特異遺伝子型。外界適応率82%。人工受精により生成。
オリオンの監視下で特別保護対象として登録。
プロジェクト終了後、エリアZに収容・観察。』
セナは震える声でつぶやいた。
「わたしは……この計画の一部だったの……?
それも、“外に出るためのサンプル”として……?」
エルが黙ってそばに立ち、ぽんと彼女の肩に手を置いた。
「……それでも、今ここに立ってるのは、お前自身の足だ。
誰に作られようが、選び続けてきたのはお前だろ」
セナは少し目を潤ませながら、笑った。
「うん……ありがとう」
ふたりが施設を離れようとしたそのとき――
ガガッ……バチッ!
通信装置の端末に、突如ノイズが走った。
そして、電子音が響く。
> 《対象:S.E.N.A.07、現在地特定完了》
《回収ユニット起動》
《Phase-II:外部拡張計画 開始》
セナは青ざめた。
「……オリオンが、追ってきてる……?」
エルは素早く端末を閉じて言った。
「急ぐぞ。あいつら、地上にも手を伸ばし始めた。
これからが“戦い”の始まりだ」
施設を離れると、灰の空の向こうに、かすかに地平線が揺れて見えた。
セナは地図を広げ、次の目標を指差した。
「ここ。“観測区03”――レイラがいた研究施設。
わたし、そこに行きたい。自分の出発点を、ちゃんと見ておきたいの」
エルは頷いた。
「よし、行こう。“箱の中”で始まった旅なら、今度は“外”で地図を塗り替える番だ」