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SS:灰の夜、星の灯

通信塔に来て三日目の夜。

外はいつものように灰色の雲に覆われていた。


だがこの日は、風が少しだけやさしかった。

セナとエルは、塔の屋上に並んで座っていた。

二人の間には、エルが小さな発電機で点けたランタンがぽつりと灯っている。

薄暗く、でもあたたかい橙色の光が、ふたりの顔を照らしていた。


「こんなふうに誰かと外で座るの、はじめてかも」


セナがつぶやくと、エルは空を見上げて鼻で笑った。


「箱育ちってやつは、なんでも“はじめて”なんだな」


「うん。寒さも、風も、空も、全部知らなかったから。……でも、こうやって座ってると、悪くないと思う」


エルは黙っていたが、どこか照れたように肩をすくめた。


「まぁ、そうだな。……静かな夜も、悪くない」


しばらく無言の時間が流れる。

風の音、鉄骨の軋む音、遠くで何かが落ちる鈍い音。

それでも居心地が悪くないのは、隣に誰かがいるからだ。


やがてセナがぽつりと聞いた。


「ねえ、エルは……どうして“ここ”に残ってるの?」


「……」


エルは答えなかった。

けれど少しして、ぽつりと話し始めた。


「昔、この塔に“声”を送ろうとした奴らがいた。

他の生き残りに呼びかけて、繋がろうとしてた。

でも、どこからも返事は来なかった。……俺は、その最後の係だよ」


「じゃあ、まだ……諦めてないんだ」


「……バカな希望ってやつだな」


エルの声はぶっきらぼうだったけど、その目はどこか優しかった。

言葉の奥にある微かな灯火を、セナは見逃さなかった。


「星って、見たことある?」


セナの問いに、エルは少し驚いたように目を動かした。


「……子どもの頃、一度だけ。

雲が一晩だけ割れて、空に点々と光が浮かんだんだ。

あれは……きっと、星だった」


セナはうらやましそうに目を細めた。


「見てみたいな……。レイラが話してくれたの。“人間は空を見て、祈った”って」


その言葉に、エルは少しだけ笑った。


「じゃあさ、祈ってみるか」


「……何を?」


「雲が晴れるように、だよ」


二人は、しばらくの間、言葉もなく空を見上げた。

灰色の空はまるで大地に蓋をしたように、重く静かにのしかかっている。

雲は動かない。星は見えない。

けれど、ふたりの間には確かに光があった。


風に揺れるランタンの明かり。

それが、この世界にたったひとつの“星”だった。


「……なあ、セナ」


「ん?」


「お前さ。案外、笑うとバカっぽいな」


「えっ、なにそれ!」


「はははっ!」


初めて聞いた、エルの本気の笑い声だった。

それは意外に高くて、でもやわらかくて、セナの胸に響いた。


セナも思わず笑った。

冷たくて、崩れかけた世界で、

ふたりは少しだけ、あたたかくなれた気がした。

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