空の光
――ガコン。
昇降機が揺れとともに停止し、重い音を立てて扉がゆっくりと開いた。
セナは目を閉じた。
レイラが言っていた“空”。ミカが一瞬だけ思い出した“風”。
そのすべてが、目の前にあるはずだった。
でも、扉の向こうに広がっていたのは――
「……ここが、地上……?地上はとっくに回復してるんじゃ......」
空は、重く垂れ込めた灰色の雲に覆われていた。
太陽は見えず、世界全体が鉛のような色をしていた。
風はあった。
けれどそれは冷たく乾いており、砂混じりの灰を運んできた。
地面はひび割れ、建物の残骸らしきものが点々と転がっていた。
かつての都市は、すでに形を失っていた。
「こんな……のが、外だったなんて……」
セナは呆然とつぶやいた。
心のどこかで期待していたのだ。青空、草原、風、陽の光。
だが、現実はまるで「外」というものを嘲笑うかのようだった。
しばらく歩いた先、小さな廃墟の中でセナはあるものを見つけた。
手帳。
風化しながらも、手書きの文字がまだ残っている。
> 2051年4月12日
地下シェルターとの交信は完全に絶たれた。
気温は安定しているが、空気は重く、灰が降り続いている。
……それでも、生きることを選ぶ。
> 2051年5月6日
子どもが笑った。
この世界でも、まだ人間は笑うことができる。
セナは、手帳を胸に抱いた。
誰かが確かにここで「生きていた」のだ。
そして、それは彼女自身に語りかけてくるようだった。
「この空の下でも、人は笑えるんだね……」
突然、空気が振動するような感覚とともに、耳元で電子音が響いた。
> 《制御外の個体を確認》
《エリアZ外への到達を記録》
《新たな観測対象と指定》
《オリオン、第Ⅱ段階監視を開始》
「……見てるのね、まだ」
セナは振り返りもせず、空を仰いだ。
雲の切れ間はなかった。
けれど、その奥には確かに、陽の光があると信じた。
「レイラ……私は、“楽園”を見に来たんじゃない」
「ここで、生きるってことがどういうことなのか、自分の目で確かめるために来たんだ」
そう言って、セナは歩き出した。
背負っているのは、崩れた世界と、そこに残された人の痕跡。
それでも前に進むのは、誰かが“希望”を繋いでいたから。
彼女は、灰の大地の上に小さな足跡を刻んでいく。
その一歩一歩が、いつか空を晴らす光になることを願って――