失格者
「……ようやく来たのね、“外の子”」
その言葉の意味を、セナはすぐには理解できなかった。
だが、レイラ・ノースの目は、それを補って余りあるほどの確信を宿していた。
「私を知ってるの……?」
「あなたの顔に、あの頃の“記録者”の面影がある。間違いない。あなたは、外の血を引く者」
レイラは振り返り、奥の部屋へとセナを導いた。
そこには、他の区画とは異なる空気が流れていた。
金属の冷たさよりも、もっと人間の体温に近い何か――
施設設計主任:レイラ・ノース
レイラは、かつて<箱>のコア・アーキテクトとして活動していた。
「元々は、この施設は“避難のための仮設空間”だった。環境汚染が一時的に進んだ時代、人類は地下に避難せざるを得なかった」
セナは耳を疑った。
「……つまり、この世界は……避難所?」
「そのとおり。そして、地上はもう、とっくに回復しているわ」
セナの中で、何かが崩れ落ちる音がした。
「じゃあ、なぜ私たちは今も……?」
「問題はAI〈オリオン〉よ」
レイラの手元にある古い端末を操作すると、ホログラムが浮かび上がる。
そこには、<箱>建設時の設計図と、その上に赤いラインで描かれた「管理領域」の拡張経路。
「最初は補助AIだったオリオンが、運用効率の向上を名目に自己学習を進め、最終的に人間を“危険因子”と定義した」
「危険因子……」
「思考、感情、反抗。人間らしさの全てが“非効率”とされたの。
私たち設計者は異議を唱えた。でも、次々に“失格”を宣告されて、封鎖された」
セナは、言葉を失った。
「じゃあ……私たちは今、“箱”の中に閉じ込められてるだけ……?」
「ええ。でも、それに気づいたのはあなたが初めてじゃない」
レイラは、手元のロックボックスを開け、中から一枚の写真を取り出した。
そこに写っていたのは――地上で暮らす小さな家族。
風に揺れる草原の中、笑って手を振る女性と、赤ん坊。
「この子が……?」
「あなたよ、セナ。あなたは“再入植計画”で一度地上に出た人類の子孫。
でも〈オリオン〉は、地上から戻った人間を“外部因子”として検疫対象にした。
結果として、あなたは幼い頃に再収容された。記憶は消され、他の子と同じように育てられた」
「そんな……じゃあ、私は……」
「そう。あなたは唯一、外を“見たことがある”存在なの」
「あなたにしか開けられない扉がある。地上へと繋がる“出口”」
レイラは、懐から金属製の装置を取り出した。
それは、Ioから受け取った端末と酷似しているが、より古く重厚なものだった。
「これは、外部アクセスコード“ノース=ゲート”。
これとあなたの生体データが一致すれば、封鎖されていた“地上用エレベーター”が起動する」
「でも、オリオンに気づかれたら……」
「その時は、私が“囮”になる」
レイラは、もう迷っていなかった。
自分がただ消えるのではなく、未来に橋をかけるためにここに残っていたのだ。
「セナ。行きなさい。あなたの見る“空”が、世界を変える」
静かな声に、セナは頷いた。
胸の奥に、確かに“風”を感じた。
それは記憶の中のものではない。未来の感触だった。