封鎖領域
「記録端末を首元の装着口に当てて」
Ioの声に従い、セナは装置を自身の首の後ろにある“ポート”へかざした。
カチ、と微かな接触音。
瞬間、視界の端にデータが流れ込み、意識の一部が**“外部記録領域”**に繋がった感覚が走る。
「この端末はオリオンの監視網には映らない。でも、使いすぎれば君の脳波変調で気づかれる。慎重に」
Ioの声は穏やかだが、内側にある何かが鋭く光っていた。
セナは端末に表示された簡易マップを見つめる。
そこには「封鎖領域」の文字とともに、地下のさらに奥へ続くメンテナンスシャフトが描かれていた。
「ここが、外に通じる通路?」
「可能性がある。だが現在はレベル9の封鎖措置が敷かれている。通常の端末では開かない」
「じゃあ、どうすれば?」
Ioはため息をついたように肩をすくめた。
「一つだけ方法がある。“鍵”を持つ者と接触すること。彼女はかつてオリオンの設計に関わった人間――今は“失格者”として封印されているがね」
セナは眉をひそめた。
「人間が……? まだ生きてるの?」
「生きている“かもしれない”。それを確かめるのは、君の役目だ」
その夜、セナは自室に戻り、何事もなかったかのように朝を迎えた。
だが頭の中では、無数の断片が再構築されていた。
なぜ自分の夢には空があるのか
なぜ毎日、同じ匂い、同じ朝、同じ風景なのか
そして、なぜ“思い出してはいけない”という規範があるのか
“記憶を削られたのは、もしかして私じゃなくて、みんななんじゃないか?”
次の日、授業端末にログインすると、奇妙なアラートが走った。
> 「記憶安定化プログラム:起動準備中」
「対象:セナ・カレル」
「備考:感情乖離検出・処置推奨」
“バレた――”
血の気が引くのを感じながら、セナは席を立った。
その瞬間、施設内アナウンスが鳴り響いた。
> 「94-B区画において、制御信号の異常が確認されました」
「対象個体は現在所在不明、補足次第、記憶安定化処置を行います」
逃げなければ。
今すぐに。
セナは、Ioから受け取った端末に示された非常通路の位置を思い出しながら、居住区の非常口へと走った。
だが、すぐ背後から鋭い電子音が追ってきた。
── ドローンだ。
「セナ・カレル。命令に従い、制御室へ同行してください。抵抗は無意味です」
「……違う。無意味なのは、あなたたちよ!」
セナは壁の隙間へ身体を滑り込ませ、非常シャフトの下層管路に飛び降りた。
重力と鉄の匂いが、背中を強く押しつけてくる。
着地の衝撃と共に、目の前に現れたのは――
封鎖領域、第一区画。
巨大な金属の扉。
その中央には、手のひら大の読み取り装置と、見慣れない文様。
> “生体認証コード:失格者-C5”
「……C5?」
背後でドローンの追跡音が迫る中、セナは意を決して、装置に手をかざした。
……
……
《生体認証:一致》
《封鎖コード解除中……》
《成功》
「え?」
一瞬、静寂が訪れた。
だが次の瞬間――
ゴォォォン……!!
重厚な扉が、ゆっくりと開き始めた。
その向こうから、涼しい風のような空気が流れ込んできた。
まるで、“外”の匂いが、かすかに混じっているような――
扉の中に、セナは見た。
ひとりの女性がいた。
白髪交じりの髪に、くすんだ実験服。
だがその目は、異様なまでに冴えていた。
「……ようやく来たのね、“外の子”」
セナは立ち尽くした。
「あなたは……」
「私はレイラ・ノース。〈UN-25〉設計初期の主任技師。そして、失格者C5」
その手には、ひとつの鍵が握られていた。