パニックとアイドル
路地は人っ子一人通らないかわりに、野良なのか飼い猫なのか猫が知らん顔で通り過ぎていく。
ちらりとそちらを見た優花が、
「何でも? そうよね、私もジョンハに会えるなら……猫になって飼ってもらいたいかも」
と小さくつぶやいた。
足元を通り過ぎた猫が店のような構えの家の横、更に細い路地へ進んでいく。路地からは料理中の鍋が火にかかっているんだろう、もくもくと湯気がただよってくる。
「あー、それ、思ったことある。頬ずりなんてされたら昇天するわ、ねえ」
「そうねえ、かわいがってもらえそうだもんね」
ミキに秋奈もうんうんとうなずいた。
みんな犬や猫を飼っていた記事をよく目にしたものだ。そのたび、飼い猫になりたい! なんて言っていた。
「これ、店? やってないのかなあ」
「漢方薬局みたいね。でも電気ついてないし、やってないんじゃない?」
と秋奈は優花と薄暗い店を遠巻きに見ているとミキが手招きをした。
「ねえ、ねえ、あっち大きい通りみたいよ」
「あ、うん。行こう」
踵を返した優花に手を引っ張られた。
「う、うん」
薄暗い店の中には小さい引き出しがたくさんある薬箪笥が見えた。その前に人影が見えたような気がしたんだけど。
秋奈は2人に引っ張られるように暗い路地から明るい通りへと出た。
通りに出た瞬間、何もかも世界が違っていた。
建物はいつもより10倍以上も高く、でかく。
「え?」
「?」
「……何か変よ」
人の足が近づいてきて、あわてて飛び退った。
どでかい靴がヒールが頭上を越えていく。
「うそっ、何で?」
「どうなってんの?????」
秋奈とミキは同時に叫ぶと、無言になっていた優花が小さく「猫」とつぶやいた。
「え? 猫? 何言って…」
顔を2人に向けた秋奈は倒れそうになった。
秋奈の目の前には予想を超える大きさの猫が2匹。
「猫が大きいんじゃなくて、もしかして私たち猫になってる、の?」
恐る恐るいう秋奈にミキがこちらに顔を向ける。
「何言ってんの、猫になっ…!? 秋奈? 優花?」
「みんな猫になってるわ」
優花が落ち着いた声で答えた。
そのあと、どこをどう通ったのか。
気付いたらまたもや知らない路地裏で身体を丸めていた。
「いったいどうなってんのよー!」
「ぎゃあぎゃあ言わないで。こっちが聞きたいくらいなんだから」
ぎゃあぎゃあ、いや、にゃあにゃあ言っているミキに秋奈は耳をふさごうと試みたが無理だった。
「だってだって、やっと遊びに来れたのよ。初日よ! まだどこの聖地にも行ってないのよ」
「そこ?」
「私が猫になりたいなんて言ったからかも」
すっかり肩を落とした、いや、もともと肩なんてないか。がっくりとした優花が頭を下げる。
「まさか、それだけで猫にならないって」
「でも、あのあとすぐだったじゃない」
がっかりしてる優花慰めようと必死の秋奈はミキに「ねえ」とふると、
「わかった! そこに魔術師が隠れてたのよ! それで私たちの言葉を聞いて呪いを」
最近、転生ものにもハマっているミキがこぶしを作って、ってこぶし作れてないけど、言い切っている。
秋奈はあきれ顔を向け、
「ちょっとちょっと、何の漫画読んだのよ」
と言ったが、優花はキッと顔を上げた。
「でも、そこに何かあるのかも。行ってみよう」
「そうね、ここで言い合っててもどうにもならないし」
と返した秋奈は、他に思いつくことはないしと、路地から抜けようとした。
その瞬間、3人、いや3匹に大きな影が落ち、ミキが抱き上げられたのだ。
ソ・スファンに。