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夢じゃない

 学生時代の先輩は絵の仕事を続けていて。帰国後、絵のことを相談した。

 彼女の絵画教室は小さな子から大人までクラスを増やしたらしく人手がほしいと思っていたこともタイミングがよかった。

 教室を手伝いつつ、絵の再出発。


 ある日、先輩が個人展を開くという。小さなアートスペース、貸し画廊を借りての小さな展覧会だからと、

「秋奈も何か描いておいでよ。よかったら置くから」

 そう言われて、描きたいものは決まっていた私はこの絵を描いた。


 海のような、月が浮かぶ空のような、そんな中に立つ1人の男性。その近くにいる1匹の三毛猫。大きな丸い月が浮かんでいる。

 青系の絵の具だけで描いた絵。

 月夜の晩のような、夢の中のような、そんな絵。


 秋奈はミキや優花と別れて、夕方まで明日の展覧会準備に追われていたアートスペースに戻った。

 誰もいない、アートスペースの中で秋奈は1枚の絵、自分の描いた絵を眺めていた。


「掃除も完璧だし、受付ももうできてるし、絵も全部きちんと並んでいるし、そろそろ帰らないと」

 先輩の絵は売るようにもなってるけど、さすがにこれは売れないかな。

 まだまだ未熟だし。

 手元に置いておきたい、かも。

「それ、いくらですか?」


 驚いた。

 画廊の入り口を閉めてなかったみたい。まさかお客さんが来るとは思ってなかったし、まさかこの絵の値段を聞かれるなんて。


「すみません、個展は明日からなんですが」

 慌てて頭を下げつつ振り返った。

「それに、この絵は売り物では」

 言いかけて頭をあげると。

「ダメかあ。すごくいいのに」

 メガネをかけて、口の辺りまで巻いていたマフラーをはずす。


「何で……」

「俺の部屋に飾りたいなあと思って。できたら韓国まで責任もって運んでくれるとありがたいんだけど」

 にこっと笑う。

「あの、どうして? 夢?」


 どうしてここにいるのか、目の前に立って私に向かってしゃべっているのか。

 目の前にいるハンウはあの時と同じで。

 疲れすぎて夢見てるのかも。それともリアルな妄想?

 プチパニック中の秋奈を見つめたままのハンウはくすりと笑う。

「夢じゃないよ」

 それだけ答えて、気付いたらハンウの腕の中でぎゅっと抱きしめられていた。


「あー、本当に人間なんだ。嘘みたい」

 抱きしめたままハンウが嬉しそうに言う。

 目の前にいきなり現れただけでもパニックなのに、抱きすくめれて、あの時、猫のときに嗅いでた香りに包まれて、パニック状態は絶頂状態。


「あ、あ、あの」

「何?」

「いや、あの、何で」

「スファンやジョンハに聞いたんだ」

 話したんだ、猫だったこと。あのまま黙っててくれてよかったのに。


「何で話したかって思ってる?」

 心の中を見透かされたように返された。

「いきなりいなくなったでしょ、3匹そろって。結構、俺は堪えてたんだよね。スファンやジョンハだってあんなにかわいがってたんだから落ち込んでても不思議じゃないのに。妙にうきうきしてるし」

 ミキや優花とうまくいき始めたんだから無理もないかも。


 2人の様子に不信感を抱いたハンウは追求することはせず、様子を見ていた。

 2人とも彼女ができたのは一目瞭然で、しかも、日本にお忍びでちょくちょく出かけたり、韓国にも彼女を呼んでいるようだった。

 ある日、スファンの部屋でその彼女と出くわした。


「ミキに会ったの?」

「彼女、わかりやすいね」

 にやりとしたであろうハンウは、言葉巧みにミキを誘導したらしい。

 ミキはスファンがハンウにすべてを話したんだと思い込んだようだ。

 そんなこんなで、スファンやジョンハを問い詰めたら、本当のことを話してくれた。


「すぐには信じられないし、嘘なのか本当なのかわからなくて。でも、スファンやジョンハに送られてきた画像、彼女たちと一緒に写ってる君を見てやっとわかったんだ」

「画像?」

 抱きすくめられたままの身体を両手で押すようにして、ハンウの顔を見上げた。

「そうだよ、人間の君の顔。あの晩の彼女だってすぐわかった」

「あの晩?!」

 ハッとあの夜のことを思い出し、顔がカーッと熱くなる。

「あ、あれは」

「夢?」

 にこりとして返される。

「ゆ、夢だと思ってください」

 ぷっと吹き出されたが、秋奈はハンウの胸に置いた両手にぐっと力を入れた。


「待って」

「何?」

「こんなことダメだから」

「何が?」

「何がって、彼女、いるでしょ」

 驚いた表情でこちらを見下ろしてくるから、がんばって睨んで返した。


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