人として
「あれね」
ミキは言いにくそうに言葉を濁す。
「猫じゃあ、嫌なんじゃない?」
優花が言った。
口を引き結んだミキがこくりとうなずいた。
「前は、これでもいいかな、って思ってたんだけどね」
ミキは自分の手元に視線を落とす。
「この数日に色んなことがあったでしょ」
スファンに拾われて、飼い猫を満喫してたけど、偽飼い主が現れて、確かにいろいろあった。
「スファンは本当の飼い主になってくれるって、朝、言ってたけど。それもうれしくないって言えば嘘になるけど、でも」
秋奈と優花は顔を見合わせた。
「人間として会いたいよね」
秋奈の言葉にミキはにこりと返した。
「うん。人間に戻ったからといって、付き合えるわけでもないし、猫だったなんて信じてもらえないだろうけど。ちゃんと話がしたいの」
「わかるよ、ミキ」
優花も大きくうなずいた。
「すごくかわいがってもらえて幸せだけど。それは猫だからだし。できることなら、人間として少しでもいいから話がしたいし。ちゃんと人として見てほしい、よね」
ミキはうんうんと頭を上下に動かすと「そーなのよー」と叫んだ。
「猫で、っていうか、猫だから抱っこしてももらえるし、優花が言うみたいにかわいがってもらえるんだけど。そうじゃないのよ」
秋奈や優花に顔をちかづけると、
「人としてこっちを見てほしいし、こっちも人として触れたいと思わない?」
キャ~! と肉球を合わさんばかりに2匹で盛り上がる。
「あのキレイな肌。あっ、寝てるときじゃないわよ! 手でいいのよ、手で!」
と言いつつも、いや、あの背中も、なんてミキが言うもんだから、秋奈は全身の毛がふるふると逆立つような体温が数℃上がったような気がした。
「ねえ、秋奈だって、ホソブペンだけどハンウと気が合うみたいだし」
「そうよ、ねえ」
言いかけた優花が首をかしげた。
「どうしたの? 朝から変だけど、具合でも悪いの?」
顔を近づけ覗き込んでくる。横からミキが、
「ハンウが起きてきてから逃げ出しちゃうし、喧嘩、じゃないわね」
ぐいっと顔を近づける。
「さては、何かあったわね」
目を見開いてミキを見やると、
「何があったのよ」
と詰め寄られた。
「えーーーーーーーっ!?」
「きゃーーーーーーーっ!!」
2匹の口を丸っこい手で塞ごうとするがうまくいかない。
「だ、だから、夢よ、夢!!!!」
何を弁解しようともまるで耳に入っていないようだ。
2匹でキャーキャー盛り上がっている。
「だって、だって、ハンウの様子もおかしかったじゃない」
言うが早いか、ミキはクローゼットから抜け出していく。
「3人の話してることを聞きに言ったわね、あれは」
優花が笑いをこらえている表情だ。
「優花ー」
「まあまあ、いいじゃないの」
秋奈の背中をぽんぽんと叩いた優花は、
「秋奈、ハンウのこと好きになっちゃったのね」
と言った。
思わず目がまん丸になる。
「それは、私、オルペンだし。みんな好きだし」
優花はふっと口の端を上げた。
「それはファンとしてでしょ。私が言ってるのは人としてってことよ」
「人、として」
「そっ、有名人だからとか、ファンだったからだとか、そんなのじゃなくて、ひとりの人間としてってこと」
優花の言葉につい考えてしまう。
「だから、人間に戻りたいって強く思ったんじゃない? ミキが冗談で言ってたけど、真剣に、触れてみたいって思ったんじゃない?」
それは、そうかも。だからあんな夢を見たのかも。
夢、なのか、どうなのか、よくわからないけど。
考え込んでいる秋奈の横で優花が小さな声で「やっぱり人間に戻りたいよね」と言った。
「秋奈」
「え?」
顔を上げた秋奈に優花は「この前はごめんね」と頭を下げた。
「え? 何?」
「ほら、私もミキもこのままでいいかもなんて言って。私、秋奈を責めるようなこと言っちゃって」
OL生活を捨てた優花を認めなかったのはこっちだ。
「そんなことないよ。勇気がないのは私だもの」
「ううん、私、今でも不安なの。それを秋奈にぶつけちゃって。ごめんね」
優花の言葉に秋奈は頭をぶんぶんと横に振った。
「優花が言ってくれてよかったって思ってるよ」
あれから考えがまとまったわけではないが、きっかけをくれた優花とミキには感謝している。それにハンウにも。
「何とか人間に戻らないとね」
秋奈に優花がにこりとして答えているとミキがばたばたと戻ってきた。




