電話が鳴る
「やばいわ、秋奈、起きて」
優花の声に飛び上がった。
「え? 今何時?」
スファンが朝早くから仕事に出かけ、そのあと、ホッとしたのがまずかった。2匹してぐーすか眠りこけてしまったらしい。
「ミキを助けにいくどころか、昼まで寝てたなんてミキには言えないわね」
「スファンと一緒に寝たことも絶対秘密よ」
「当たり前よ! バレたら殺される……」
ぶるりと震えた秋奈は優花とうなずきあった。
夜中、起きていた私たちを連れて行ったスファン。
いつもミキと寝てたから寂しかったのかもね、
なんて同情したものの……
「やっぱり破壊力、はんぱないわ」
優花が大きく息を吐き出した。
秋奈も夜中のことを思い出すとどっと疲れた。
うつらうつら状態でハッと気付いたら、あのキレイなお顔が目の前にあり、一瞬で目が覚める。
こそこそと移動して反対側にまわるものの、顔と反比例するようなたくましい背中、しかも上半身裸、を目の当たりにして落ち着けるわけもなく。
結局、一晩中、2匹でうろちょろ、途中には寝ぼけているらしいスファンの太い腕で2匹まとめて捕まり。寝ては起きてはで、ほとんど熟睡できなかった。だから朝から眠りこけてしまったのだけど。
「ミキってば、いっつもスファンのとこに忍び込んでるけど、よく平気よね」
ジョンハとはどーなの? と聞きたかったが、怒られそうなんでやめた。ペンだから緊張するもんなんじゃないのかな? それとも猫だし、近すぎて逆に平気になってるのか。と、ふと、頬に触れたハンウの頬を思い出し顔が熱くなる。
焦って頭を横にぶんぶんと振っていると、
「秋奈、どうかした? まだ眠い?」
「え? あっ、大丈夫! それより、今から急いで行かないと」
顔を覗き込んできた優花に秋奈は焦って口をぱくつかせた。
「そうね、スファンは早くても夕方だろうし。人間に戻れなくても、あの女のとこには連れて行ってくれそうだし。とにかく、スファンが帰宅するまでに、あの場所に行ってこないと」
夜中にプリントアウトした地図を再確認しつつ、2匹で玄関に向かう。
スファン家のドア横には以前の名残なのか、前の持ち主のものだったのか、ありがたいことに猫専用のドアがある。
ここから抜けて、すぐに向かえば。
と、出ようと、足をかけた瞬間、ドアの鍵をがちゃがちゃと差し入れられる音がした。
まさか。
振り返ると、後ろからついてきていた優花も、かすかに首を横に振っている。
ジョンハかはたまたハンウか、ホソブやギュボムってこともある。誰かが合鍵でやってきた?
それとも。
以前もこんなふうに驚いたことがあったっけ、と思いつつドアを凝視していると、
「お出迎えか?」
家主たるスファンが驚いた顔でこちらを見ていた。
「待ちくたびれた? もうすぐ行くから、ちょっと待っててな」
そういうが早いか、スファンはシャワーを浴びに行ったようだ。
居間に戻った私たちは、どうする? と顔を付き合わせた。
「仕方ないよね。このまま行くしか」
「うん。とにかくミキに会えるし」
その場で大暴れするか、隙を見つけて逃げ出す。
とりあえず、スファンが出るのを待とうと居間に向かうと、いきなり音楽が流れ、2匹そろって飛び上がった。
びっくりしてテーブルに飛び乗って、着信画面に今度は尻尾が跳ね上がった。
音楽の発信源は通り過ぎようとしていたローテーブルの上でスマホが軽快に着信音を奏でていただけなのだが。
「あの女!」
思わず、丸っこい手で着信画面を叩いてしまっていた。
スマホ画面にはミキを連れて行った女の名前が表示されていたもんだから、つい押してしまったのだ。
「ちょっ、秋奈!」
「あっ、やばい、どうしよう」
2人してニャーニャー言っていると、スマホの画面からもニャアニャアと小さな声で聞こえてきた。
「ミキ!?」
声を合わせた私たちに、向こうからミキが「秋奈、優花」と小声で、だけどしっかりとした声が聞こえてきた。
「ミキ、今どこ? 女の家?」
「もう少ししたら、スファンが連れて行って」
「助けて!」
私たちの声を遮ってミキが叫ぶように言った。
「え? どういうこと? 助けてって」
「どうしたの?」
優花と同時に叫んでいたが、ミキはスマホの向こうから「私、捨てられる」と冷静な声で答えた。
「捨てられる!?」
「今、あの女の車の中よ。お店の駐車場みたいなところなの。バスケットから這い出たんだけど、車の鍵を閉めて店に行っちゃったのよ。スマホがシートに落ちてたから、スファンのスマホにかけたの。あの女、さっそくスファンの携帯番号を登録してんのよ! しかも私の王子様って登録してんのよ! 信じらんないわよ!!」
怒ってるのはわかるけど、今はそれどこじゃないような。
「ねえ、どこに向かってるの? 捨てられるってどういうこと?」
秋奈が聞くと、ミキは「あそこだと思う」と言った。
「あそこ?」
「ほら、ホソブがハイキングだか登山だかした山? そこの名前を口にしたのよ、あの女。ハイキングがてら連れて行ってあげるって。そんなとこで迷子になったらもう見つからないかもしれないから気をつけてねって。あれは魔女よ! スファンを狙ってる魔女なんだから!」
「わ、わかったから、落ち着いて」
何でもかんでもスファンに結びつけるとこはさすがだけど。これはかなりまずいかも。
「山ね、あの山に向かってるのね」
優花が繰り返して確認を取った瞬間。
「あっ、やばい。戻ってきた」
そう言った瞬間、ミキからの電話は切れていた。




