本当の飼い主?
ハンウは夜遅くに帰宅。
ジョンハとは言えば「着替え持ってきた~」とカバンを上に持ち上げる。
呆れ顔のスファンは、
「お前ねえ……もう家賃取ろうかな」
「えーっ」
スファンは優花を抱えると「ほら」とジョンハに渡す。
「彼女がいないから寂しいんだろ。早く彼女作れよ」
「別に~、今は焦ってないし。ハンウみたいに大変そうなの見ると、今はいいかなって」
スファンは「そっかあ?」と返したが、
「仕事にしろ、彼女のことにしろ、うまくいき始めたんじゃないかなあ」
と言った。
役の話はしてたけど。彼女ともうまくいったのかな。ちゃんと話するって言ってたし。
よかったと思いつつも、少しだけ胸の辺りがきゅっとする。
ハッとしてぶんぶんと頭を振っているとジョンハが明るく答えた。
「ああ、何だ、やっぱりそうなの? 何となく前より元気そうだったけど」
「うん、たぶん、うちの三毛さんに話聞いてもらってサッパリした感じ?」
「三毛さん?」
そう返したジョンハは優花を抱っこしたまま、ソファの近くにいた秋奈に目を向けた。
ミキは2人のやり取りをソファの上に寝そべって見ていたが、ふとこちらを見たようだ。
「それ、わかるかも」
ジョンハはそういって「ヒョンも同じじゃない?」と顔を突き出した。
「ん? そうだねえ」
「なんかさあ、話わかってくれてるみたいで、つい話というか、相談したりしてるんだよね」
ねえ、と優花をなでなでしている。
苦笑しつつ見ていたジョンハだが、
「それは俺もわかるけど、こいつらも本当の飼い主がいるんだろうしな」
飼い主?
秋奈も思わず、ソファの上にいるミキや抱っこされたままの優花に目をやった。
私たちに飼い主なんていない。
けど、そんなこと、スファンたちにわかるはずもない。
ジョンハが寂しそうに眉を下げた。
「こんだけキレイな状態の野良猫はいないだろうしねえ」
「だろう? もし本当の飼い主が現れたら、さよならしないといけないし」
スファンもそう返しつつ、
「だから、あまり情がうつらないようにしないと。このまま飼えるなんて思わないほうがいいと思うんだよ」
と自分にも言い聞かせるように言った。
そんなことあるはずないのに。
私たちは人間に戻れなかったら、このままここにいるかもしれない。
人間に戻れたら。
そのときはどうなるんだろう。ミキは田舎に、優花は仕事を辞めた。私は。
考えても結論が出ないまま、頭の中はパンクしそうで。
もう何も考えたくないかも。
秋奈はぐったりと床に寝そべって、冷たい床が気持ちいいなんて思っていた。
この時は、まさか、本当の飼い主が現れるなんて思わずに。
翌日、スファンが仕事から早くに帰宅した。後ろには見知らぬ女性が興味津々で部屋を目だけで確認しているようだ。
「何、あの人」
ミキが警戒心あらわにしてスファンに擦り寄って行く。
女の感ってやつかも、と思ったが、秋奈もいい感じがしなかった。優花も秋奈の後ろから嫌そうな顔で女を見ているようだ。
「いいお部屋ですね~」
「いや、そうですか?」
女性に答えつつ、スファンがミキを抱え上げる。
「この子ですか?」
「ええ、ええ、そうなんです。白い靴下をはいてるみたいでしょ? まさかスファンさんが拾っていてくださったなんて。よかったわねえ~」
語尾をいやらしく延ばした女性の手がすっとミキに伸びる。
瞬間、ミキは仰け反ってスファンの手から落ちそうになる。
「あらあら、スファンさんにすっかり懐いちゃったみたいですね」
スファンにすりより、無理やり、ミキを受け取った女性は、
「スファンさん、やさしいから」
と微笑む。
男が落ちそうな笑顔ってやつ。
思わず優花といや~な顔を見合わせた。
「俺もこいつがかわいくて」
スファンがミキに手を伸ばす。ミキはその腕の中に飛び込んで行きたいのだろう、女の腕の中から逃げ出そうと必死でもがいている。
が、女性は笑顔を張り付かせたまま、ミキをすごい力で抱きしめているようだ。
「いつでも会いにいらしてください」
言うが早いか、女は持ってきていたらしい、バスケットにミキを押入れ、カチッと閉めてしまった。
待って待って。どういうこと?
スファンと女性、ミキの様子をどうすることもできず見ていた私たちは、目を丸くした。
猫を運ぶ用の真新しいバスケットの中からはミキが「出して! 出してよ!! 出せっ、この女っ!!!」とすさまじい声で叫んでいる。
弱った表情のスファンもどうすることもできず、バスケットを見ている。
バスケットの中で大暴れしているミキを無視した女性は、くるりとスファンに身体を向けた。
「本当にいつでも会いに来てくださいね。これ、住所と電話番号です」
妖艶な笑みを浮かべたまま、女はメモ用紙をスファンに手渡した。
「本当にありがとうございました」
女はバスケットを持ち、玄関に向かう。
「今度は一緒にお茶でもしません? 猫ちゃんも連れてきますから」
振り返りつつ、そんなことを言ってのけて、またもや微笑んでみせる女性。
スファンはバスケットが、中で暴れてるミキが気になるのか、今気づいたように顔を上げると「は、はあ」と返事を返しただけだ。
「ちょっと、待って! 行かせちゃダメよ!!」
「そんな人、飼い主なんかじゃないんだってば!」
優花と2匹で、スファンの後を追い、足を引っ掻くようにして訴える。
「ねえ、スファン、止めてよ、止めて!」
「あんな女の言うこと信じないで!」
にゃあにゃあとまとわりつく私たちを両手で抱えたスファンは、
「お前たちも寂しいんだな」
とつぶやくように言った。
「それじゃあ、また」
女はゆらゆら揺れるぐらい暴れるバスケットをがしりとつかんで笑みを張り付かせたまま、高いヒールのパンプスを履いた。
「出してよ!!! ここから出して!!!」
ミキの叫びも虚しく、ドアは私たちの前でぱたりと閉まった。




