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喧嘩中の3匹

「私は、いいよ、このままスファンに飼われる猫で」

「ミキ」


 ミキは少しだけうつむくと、

「私ね、帰ったら仕事やめるの」

 と言った。


「え? やめる? 何で?」

「田舎に帰るの」

 そんな話聞いてない。驚いて優花を見るが、優花も聞いていなかったのか少しだけ驚いた顔をしている。


「田舎に戻って来いってうるさく言われてたのよ。仕事も私がいてもいなくてもいいかなあ、って見えてきちゃったし。ここらへんで親の言うこと聞こうかなって」

「帰ってどうするの?」

 ミキはにこりとした。

「結婚するの」


「結婚!?」

「うん、たぶん、見合いみたいなのして、結婚して、かな」

「そんな……」


 声が出てこない秋奈に顔を向けたミキは、

「だからね。もう少しこのままでいたいんだ。なんだったら、戻れなくても幸せかなあ、なんて」

 にこりとしたミキは「スファンの部屋で匂い嗅いでこよーっと」とすたすたと行ってしまった。


「やっぱり」

 優花がミキの消えていった部屋のドア見つめたまま。

「何となく、変だなあって思ってたのよ。韓国旅行もいきなりだったし。突飛なことをしそうに見えて意外にそういうタイプじゃないでしょ」

 確かに、あの時は驚いたけど。


「でも、このままでいいってわけには」

 言いかけた秋奈に優花は振り返った。

「私もやめるのよ」

「やめる!? まさか、仕事?」

 優花はうなずくと、

「やめるって言うか、辞表出してきたの」

「えーっ!!!!!」


 くすりと笑った優花は「黙っててごめんね」と言った。

「私も仕事ではミキと一緒よ。普通の仕事で、仕事があるだけありがたいんだけど、このままでいいのかなって」

「責任のある仕事を任されるって言ってたじゃない」

 優花は小さく笑った。

「それも、誰だってできるのよ、私じゃなくたって」

「でも、でも、お給料を考えたら、いきなり辞めるなんて」


 下を向いていた優花が顔を上げ、こちらを見つめた。

「秋奈、絵が好きで、ずっと描いてたのよね」

「そ、それは、何、今さら」

「今も描いてるの?」

 びっくりして優花を凝視したが、言葉が出てこない。


「好きなことをしてそれが仕事になるなんて無理かもしれない。ずっとバイト生活になるかもしれない。だけど」

 そこまで言った優花は「客間で休むから」と背中を向けた。

 少しだけ開いた隙間から客間に入っていってしまった優花に何も言えなかった。


「ありゃ? どうしたんだよ。ケンカ中か?」


 帰ってきたスファンが餌ののった皿を引きずって部屋の隅々にばらけていく私たちを見て苦笑した。

 知らん顔で食べるミキに優花。秋奈も小さく息をつくと、鰹節がのったご飯をぼそぼそと食べた。


 夕飯が過ぎたころやってきたジョンハとハンウも面白そうにこちらを見ていた。

「猫でもケンカするんだねえ」

「女子のケンカを見てるみたいだろ」

 変に感心するジョンハにスファンがくすくす笑い、横にいたミキがむくれた顔で離れていく。


「ちょっ、ちょっとちょっと、そんなに膨れないの、いい子だから」

 抱っこして、居間のソファに座るスファン。

 ジョンハは客間に逃げてしまった優花に気づいたのか、ジュース片手に客間に入っていった。


 あれから、何となく気まずくて、何も話せないでいた。

 ミキも優花も無駄にしゃべらず、猫になりきっているというか。

 ミキの告白にも驚いたけど、優花は仕事を辞めてきて、ここで猫暮らしをはじめて、このままでいいって思ってるのだろうか。

 そんなはずはないと思うんだけど。


 じゃあ、自分は?


 秋奈は優花の言ったことが引っかかっていた。

 絵が好きで、ずっと絵の勉強をしてきた。

 だけど、それだけで食べていけるわけもなく、OLの仕事を得て、食べていけれるようにはなっていた。


 が、あれだけ好きだった絵は……

 会社と家を往復するだけで手一杯。休みの日は休む日だもの。絵は優先順位から外れ一番後ろに移動して。

 趣味でできたらいいのかも。

 そんなふうにも思いながらも負けているような、いや、これが普通なんだ、これでいいんだって。

 思ってたのに。


 今日は天気がよくて、星明かりがベランダに落ちている。

 ベランダに移動して、月や星を見るともなしに眺めていた。

 そっと窓が開き、秋奈の上に影が落ちる。

 横に静かに座り、背中にそっと手が置かれた。


 ハンウだってすぐにわかった。

 黙ったまま、背中をなでてくれる。

 何だか、泣きそうになって、身体をそっと寄せると、抱え上げられて、肩にかけて抱っこしてくれた。


「今度は俺の番かな?」

 何でわかるの?

 大きな手が背中をさする。


「この前はありがとうな、聞いてくれて」

 空を見上げたままハンウが言った。

「何となく、つかめてきたんだ。あの役だけどね。自分がやりたいって思った役なんだもの、やるしかないって。そんな大事なこと忘れるなんて」


 そっかあ、よかった。

 小さくにゃあ、と泣くと

「お前のおかげだよ」

 と言って、ハンウの頬が秋奈の頬をくすぐるようにあたる。


 大事なこと。

 ハンウの声を聞きながら、このままでいたいような、もっといっぱい話がしたいような。

 自分の中で安堵と不安といろんな感情がぐるぐるとしていた。


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