第99話 ワープホール
ユーリと私はムライさんと一枚の地図を睨んでいた。
「うーむ、絶対にバーキン族は勝てないよ…。ララーシャもそれをわかっているから私の名前を利用して降伏させるつもりなんでしょ。」
ムライさんは苦笑しながらも答えた。
「それもありますが、ララーシャ様は万が一に備えたいのでしょうね。」
そうなのだ。死の商人、いや帝国は何を考えている?
「サバド領でもそうでした…。あの戦力じゃ勝てないですよね…。」
「うーん、でもアルファジオも作戦の全容はわからないみたいだったし…」
私はずっと感じている疑問があった。
「もしかしてですが…、帝国側にもワープホールの入口があって何らかの方法でこちらのワープホールと繋げる事ができたら…」
「瞬時に軍を送れるのか…。ムライ、エルマ精霊国のワープホールの入口は…」
「はい、バーキン族領内です。実際にバーキン族がワープホールを占拠していますが…、言い分は王国の脅威からエルマ精霊国を守るというものです。」
ユーリは腕を組んで考えていた。
「でもワープホールの操作方法はサバド男爵と他2人しか知らないはず…だけど、帝国側が知らない確証も無い…か。ワープホールが使われる事も想定しておこう。」
「メラニンさんにワープホールの使い方を含めた詳細を聞いておきたいですね。でも、教えてくれるかな…?」
私の杞憂にユーリは明快だった。
「その時はその時。ヨームに裏から手を回してもらっても良いしね。」
「ユーリさん、ナルミさん。エルマ精霊国から1,000の兵を出します。指揮はお二人に委譲したいのですが…」
ムライさんの申し出にユーリは首を振った。
「陣を張った後に私達で説得は試みるけど交渉が決裂した時には、私とナルミは遊軍扱いにしてもらいたいな。帝国、いや死の商人の事だ。何かあると思う。その時に私達が自由に動けた方が対処しやすいでしょ?」
ユーリの申し出にムライさんは素直に頷いた。
「優秀な指揮官たるユーリさんに軍をお任せしたかったのですが…。おっしゃる通り、不測の事態にラブリーエンジェルスに自由に動いてもらった方が良いですね。わかりました。」
「それと…。」
ユーリはちょっと考えていたが、
「メルを私達のサポートに付けてくれないかな?」
「はい、構いません。」
ユーリは私を振り返って言った。
「よし、それじゃあ進軍準備だ!ナルミ、行くよ。」
「なるほどね。ワープホールの操作方法は難しく無いのか…」
ユーリと私はメラニンさんからワープホールについて詳細を聞いていた。
「作動させるのに特殊な魔石が必要なんですね。」
「はい、この魔石はワープホールを作動させる際に一種の触媒として働きます。この魔石はさすがに帝国も用意できないと思いますよ。かなり特殊で複雑な製法です。ただ魔石を使用しなくともワープホールは作動する事ができます。魔石を使用しない場合、尋常じゃない量の魔力を必要としますがね。」
ユーリは腕を組んで考えていた。
「メラニン、もし、もしもだよ。何らかの方法で帝国が多大な魔力をワープホールに作用させた場合に兵力をエルマ精霊国に送る事は可能?」
メラニンさんも難しい顔をして考えていたが…、
「エルマ精霊国側でもワープホールを操作する必要があります。座標を指示する役割なので、ある程度以上の魔法士であれば可能ですが…」
うん?ちょっと言い淀んだぞ…
「アリシアか…」
「はい、方法を知っている魔法士はアリシア様だけだと思います。」
「"だけだと思う"?」
「この情報は古代の遺物から発見された秘文から解読しました。もしかしたら他にも同様の解読を行なった者がいるかもしれません…」
私はユーリとメラニンさんを交互に見やった。
「万が一があります。ワープホールはすぐに抑えてしまいたいですね。」
ユーリは大きく頷いた。
「そうだね。ムライに出発を急がせよう。確かに胸騒ぎがする…」
私はユーリの言葉に言いしれぬ不安を覚えた。
「ユーリさん、俺もご一緒させてください。少しでも力になれれば。」
「いや、ダメだ。メラニンは騎士団と野郎共Aチームと一緒にアリシアを全力で警護だ。任せたよ。」
ユーリの言葉には重い響きがあった。
「何があってもアリシアを守って。お願いね。」
ユーリの言葉にメラニンさんは何度も頷いていた。
◇
あれから2日後、私達はバーキン族領のワープホールを見下ろせる丘の上にいた。ワープホールは石積の塔の中にある。塔の大きさは10m四方、高さは20mくらい。周りを急ごしらえの空堀が掘ってある。さらにその周りをバーキン族の兵200名ほどが囲んでいる。
実は到着早々にバーキン族領の兵達に向けてユーリは投降するように演説を行ったのだ。場所はワープホールに通じる要塞化された丘の前。木々が絡み合い、普通に突破するのは面倒だなと私は漠然と考えていた。その丘の前にユーリは腕を組んで仁王立ちだ。まあ、ユーリはこういう事は不得意である。ムライさんが用意した原稿があったのだが…。
「あー、えー、バーキン族に告げる。私は竜殺しのユーリ・ミコシバである。この軍は私の指揮下にある。えー、私は君達に容赦する気はない。あー、、、」
ちょっとちょっとユーリ、ものすごく棒読みなんですけど!全然、説得力がない…
「あーもー、面倒くさい!!ごちゃごちゃやって無いで投降しろ!今なら穏便に済ませてやる!」
"あーもー"は私達の台詞だよ!と思っていたら、ユーリは銀の刀を抜き、魔力を込めた。ユーリの髪が銀色に変わる。
「どりゃーー」
ユーリの刀から夥しい量の銀色の粒子が放たれた。
「あ、ユーリ!ちょっとやりすぎないで…く…ださい…ね。」
私の忠告は少し遅かったようだ。ユーリの刀から放たれた銀色の粒子は丘のバリケードを粉砕(文字通りバリケードは粉となって消え失せた!!)していた。
「こうなりたく無かったら、すぐに投降しろ!」
ユーリの声が辺りに響き渡った。
ざわざわざわ
このざわつきは主に後ろにいる味方から。
「ユーリ様…。な、なんと恐ろしい…」
「あの砦がもう体裁を保っていないでは無いか…」
「さ、さすがは伝説の英雄…」
み、皆さん!私達(特に私は)怖くないですからね。
ユーリは静かに刀へ再度魔力を込め始めた。先よりも強大な魔力。ユーリが構えた刀から銀色の粒子が上空へと揺らめいた。
「こ、降参だ!」
「我々はユーリ様に抗うつもりはない!」
複数の部隊から声が聞こえ、ユーリが粉砕して作った道を通って丘の上から多くの兵達が降りてきた。
「ふん!どうよ!私の説得力に満ちた交渉術は!!」
とってもうざいドヤ顔でユーリは私を見ていた。
「…」
「はっはっは!さすがのナルミでも声も出ないか!!」
「呆れているんです。私の常識だとあれは交渉ではありません。実力行使と言うんです!何が"説得力に満ちた交渉術は!!"ですか!」
「な、何だよ。別に結果が良かったんだから良いじゃない?」
私はため息をついた。あれ?でもこの感じ?なんだか既視感がある。あ!
「アルファジオだ!この考え無しに猪突猛進する感じ!ユーリはアルファジオに似てるんだ!」
ユーリは先程までの威勢の良さは何処かへ行ってしまい、しょんぼりしていた。
「え?私ってあんな感じ?」
「はい、あんな感じです。」
とたんにユーリの髪がバッと逆だった。
「ヤダヤダヤダ!ナルミにあいつと一緒にされたくないよーー。」
「大丈夫です!ユーリの方が10万倍かわいいですから。」
「本当に?」
「本当です。」
後ろからおずおずとメルさんが話かけてきた。
「あのー、そろそろ不毛なやり取りをやめていただきたいのですが…。もう、丘は砦の体を無していないので占拠した方が良いかと…」
おっと!恥かしい…。ブーブーと文句を言うユーリをなだめつつ、丘を降りてくる兵達を眺める。丘は完全に開け渡された。
そして冒頭に至る。丘から見下ろしたワープホールにはバーキン族の族長を先頭に約200名ほどの兵士が陣取っていた。
「ムライ、私とナルミでワープホールを抑えるよ。メル、サポートをお願い。」
「抑えるって…。どうするつもりですか?」
心配気なムライさんに淡々とユーリは答えた。
「ああ、遮断の石を使ってワープホールまで侵入。その後は私とナルミで防御線を張るよ。でもなるべく早くバーキン族の兵は鎮圧してね。あの封鎖されている門は破壊しておくからさ!」
私の頭の上でピー子が抗議した。
「ピ、ピーピーピ。」
「あー、わかったわかった。ピー子も一緒。2人と1匹だ。」
「し、しかし。その人数ではあまりにも無謀ではありませんか…」
「うん、だから1時間で突破してきてね。この兵力差なら可能でしょ?」
「門を破壊していただけるなら難しくないかと…」
ユーリは拳を握るとムライさんの胸当をコツンとこづいた。
「当てにしてるぜ!」
「はい、お任せください!」
ムライさんの心強い返事にユーリはニカッと笑いかけた。
「それじゃあ、ナルミ!行こうか!」
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