第96話 会談
「遅い!遅いんですけど!」
ハンナさんに案内されて別室へ行くと大いにむくれたララーシャ様が待っていた。あ!メルさんもいる!だがメルさんはララーシャ様に気を使って私に小さく手を振っただけで黙っていた。
「だってしょうがないじゃん、皆んなに離してもらえなかったんだもん。」
ユーリの抗議はララーシャ様には通じなかった。
「私を待たせた分、今日は遅くまで付き合ってもらいますからね。ナルミさん、お久しぶり。ユーリの良き相棒のようでうれしいわ。」
「はい、ララーシャ様。思ったよりも早くエルマ精霊国を訪れる事ができて私もうれしいです。」
隣ではアリシアさんが目を白黒させていた。だよね…、さっきまでの威厳に満ちたララーシャ様とのギャップに驚くよね…。
「アリシア殿。私はワープホールの存在を危惧すると同時に期待もしています。バンの件、いや、バーキン族が画策している事は報告を受けています。」
アリシアさんは黙って頷く。
「帝国が動いているのでしょう。バーキン族は帝国の支援を受けて戦の準備をしています。
ここにエルマ精霊国の英雄がいるのは僥倖。アリシアさん、無理は承知です。ユーリを、いやラブリーエンジェルスと共闘させてもらえないでしょうか。」
アリシアさんは一瞬、顔をこわばらせたがすぐにいつもと表情に戻った。
「はい、使節団としてはワープホールを運用させる事が第一目標です。障害は排除するにやぶさかではありません。ただし、共闘するにあたっては成功時に報酬をいただきたく思います。」
アリシアさんの言葉にララーシャ様は少しだけ首を傾げた。
「何かしら?」
「ワープホールの管理者をお互いに常駐させてもらいたいのです。外交官特権を持たせて。」
ララーシャ様は深く頷いた。
「それに異論はないわ。ワープホールはお互いに円滑な往来ができてこそ、その真価を発揮する。」
円滑なワープホールの管理を行うにはお互いに往来を監視した方が良いのだろう。
「それともうひとつ。」
アリシアさんは息を継いでララーシャ様を見据えた。
「ワープホールの周辺に倉庫群を設置していただきたい。倉庫には氷魔法による装置を組み込み、冷凍冷蔵常温の3温度帯に対応させ、物流拠点としたいのです。
もちろん、サバト男爵領にも同様の倉庫群を設けます。技術についてはサバト男爵から提供する用意があります。」
な、なんと。またすごい事を考えているな、アリシアさんは!
「わかったわ。王国との貿易が盛んになれば倉庫の建造費はすぐに回収できそうね。」
ララーシャ様はちょっとだけ考えていたが。
「今まで王国とエルマ精霊国を行き来して商売していた者達の仕組みが一変するわね。ねえ、メル?どう思う?」
メルさん。今はメイドをしているが昔は農産物の売り買いを行う行商をしていたのだ。私の故郷、ドルク村にも何度も行った事があるらしい。
「はい、気に聡い商人は賛成するでしょう。しかし、王国から入ってくる商材によってはエルマ精霊国の産業に衰退する物もあると思います。エルマ精霊国の工業製品は王国に比べて遅れていますから。」
「そうね。国の産業は守らないといけないわね。エルマ精霊国から安くて美味しい作物が大量に王国へ輸出されて、王国の農家が衰退したら王国の食はエルマ精霊国に依存しないと成り立たなくなる…。 そうさせないための管理者という考え方もできるか…。今まで以上に優秀な人材も必要になる。教育も必要ね…。わかったわ。でもこちらからもラブリーエンジェルスとの共闘ともうひとつ条件を提示させてもらいたいの。」
ララーシャ様はいたずらっ子のようにアリシアさんへウインクをした。
「じ、条件と申しますと?」
「うん、貿易を管理する共同の組合を作りたいの。できたらアリシアさんに長、ここにいるメルに副長をお願いしたいのだけど?どうかしら?」
アリシアさんは明らかに返答に窮したようだった。
「え、えーと。」
「うん、王国の裁量を仰がないとならないと思うから、今はあなた達の意志を聞きたいな?」
「ちょっとちょっと、ララーシャ!何を言い出すの?」
ララーシャ様はチラッとユーリを見て言った。
「ユーリ、心配ならあなたが武官として付いてあげれば良いじゃない?あなたが加わってくれたら組合に箔がつくわ。」
これはララーシャ様が上手だな。こう言われたらユーリはアリシアさんを放り出さないだろう。ララーシャ様はユーリの事をよくわかっている。
「でも、私は王国で仕事があるし…」
「ユーリ。ワープホールがあるのよ?それにナルミさんだっているじゃない?」
「…」
その時、アリシアさんが決意を込めた目でララーシャ様を見上げた。
「ララーシャ様。かしこまりました。王国の裁量が必要ですが私の意思は固まりました。もし、この組合が成るのであれば長に立候補させていただきます。」
「ありがとう。アリシアさん。バール国王と後でゆっくりと話をしておくわ。」
「…」
「あら、ユーリ?不満そうね?」
「うーー、ララーシャにこき使われる未来が見える…」
ララーシャ様…、ユーリを見て楽しげにニヤニヤしている。
「あと、バルムンドラ帝国の事なんだけど。」
ユーリと私は顔を見合わせて頷き合った。
「王国の特別チームとして討伐戦には参加するよ。」
私もララーシャ様に頷いた。
「ありがとう、2人とも。バーキン族は強力な戦士団を抱えているけど、ラブリーエンジェルスが一緒なら作戦のバリエーションが増えるわね。心強いよ。後はムライと詰めておいてね。」
「ララーシャ…、全然心配してないね…。」
ララーシャ様は目をついとユーリから逸らした。
「まあ、いいけど…。私を利用して戦士団を投降させるつもりなんでしょ?」
確かにバン達の態度を見ていると懐柔できそうだもんな…。
「ユーリの名声は利用させてもらうよ。さて!難しい話は終わり!メル!食事の用意をお願い。アリシアさん、歓迎会は明日。今日は内々で楽しく食事にしましょう。」
ここまでの旅で疲れているアリシアさんにはありがたい申し出だろう。
「ありがとうございます。ララーシャ様!お気遣い感謝します。」
「皆さん、お食事の前に我が国自慢の温泉に入って、疲れを癒してくださいな。」
メルさんからの申し出がありがたい。
「ユーリさん、ナルミさん。約束通りハンナと一緒に美味しいお料理を用意しますからね!」
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