第91話 再会
「どういう事だ!」
「どういう事とは?」
バンの問いに聞き返したのはラムダという小柄な男だった。黒い頭巾を深く被り、その表情は伺えない。バンとラムダは王国とエルマ精霊国とにまたがる美しいケルトの滝を見下ろす崖にいた。人に聞かれたくない話をするのに滝の音がちょうど良かった。
エルマ精霊国は10のエルフの部族からなる。各部族の長が女王へ忠誠を誓い、女王の補佐を務める。国の意思決定は10人の長の合議で決まり、女王が採決、または女王が発議して長が承認する。
バンは10の部族のうち、バーキン族の戦士長であり、部族の長からラムダに従うようにと密かに命令を受けていた。
そして、バンはラムダに従い、王国の国境を密かに抜けてユーリ達を襲撃した。ラムダからはアリシアを殺すように指示されていたのだ。
「あの方はユーリ様だ!ララーシャ女王の盟友だ!」
叫ぶように言ったバンの言葉をラムダは軽く受け流した。
「それがどうした?お前達は私の指示に従えば良い。」
「貴様は何者なんだ。」
低く威嚇を込めたバンの言葉にもラムダは態度を変えなかった。
「私は改革者だ。バーキン族の長をエルマ精霊国の王にしてやろうというのだ。お前は私に従えば良い。」
バンはラムダの言葉に唖然とした。長がそんな事を言うはずがない。女王に代わって王になろうなどと!
「き、貴様!」
バンは短剣を抜いてラムダに斬りかかった。しかし、ラムダを捉えたかに見えたバンの一撃はラムダの身体をすり抜けていた。
「愚かな!」
ラムダはその掌から黒い魔力を放つとバンへと撃ち込んだ。バンは魔力を受けて身体が痺れた。禍々しい短剣を構えたラムダが近づく。
「これは毒剣だ。毒に侵され苦しみながら死ぬがいい。」
バンは決断した。死ぬなら足掻きたい。だがこの身体ではもうこの男に勝てないだろう。
「本当に愚かな男だ…」
バンは躊躇なく滝壺に飛び込んだのだ。高さ40mはあろうかという滝である。
「ふははは、バラバラになって死ぬが良い!」
ラムダはバンの死に様を思い浮かべてほくそ笑んだ。
「ニュークロップ様のご指示と少し違えてしまったが、まあ問題あるまい。」
ラムダは短剣を鞘へ戻しながら、滝を後にした。
◇
「うっ、ユーリ様に知らせないと…」
身体中に傷を負いながらもバンは生きていた。だが何ヶ所も骨折しており、動く事が出来なかった。
「こ、こんなところで死ぬ訳にはいかない…」
バンはかろうじて流木を掴み、水面に浮かぶ事ができていた。しかし、川の流れは速く身体も思うようにならなかった。バンの身体は川下に向かってどんどんと流されて行く。
「ここまでか…」
バンは身体から力が抜けていくのを感じていた。もう、流木を掴んでいる手にも力が入らない。
「ゆ、ユーリ様…」
バンはユーリの名を呼ぶと意識を失った。バンは意識を失いながらも身体を引き上げられる感覚を感じていた。
(ああ、天に召されるとはこういう感覚なのだな…。)
バンはそんな事を思っていた。
◇
エルマ精霊国との国境に着いたのは昼間だった。王国の国境警備隊の隊長さんに挨拶をして、エルマ精霊国の国境へと向かう。
「あ!」
思わず声を出してしまった。国境にはこちらに手を振っている人物が2人いたのだ。
「ハンナさん!ムライさん!」
そこにいたのは短い間だったが一瞬に旅をした仲間だった。
「ユーリさん!ナルミさん!」
ハンナさんがこちらに駆けて来た。
「元気でしたか?」
「はい!やっとエルマ精霊国に来てくれましたね!」
ニコニコ顔のハンナさん。
「あ!あいつはいないんだね。」
「ララーシャ女王ですか?」
「絶対、ララーシャの事だからここまで来ていると思ったのにな。」
さすがに一国の女王様が出迎えには来ないでしょ…と思ったのだが。
「そうなんですよ。絶対に迎えにいくんだ!って言って聞かなかったんです。やっと思いとどまっていただいたんですよ。」
ムライさんがやれやれという感じで答えていた。うん、あの女王様なら言い出しかねないな。
「お久しぶりです。ユーリさん、ナルミさん。ここからは私とムライがご案内いたします。」
ありがたいな。エルマ精霊国の心遣いに私達は感謝した。
「ハンナ、ムライ。紹介するよ。こちらはサバド男爵の令嬢でこの使節団の団長のアリシアだよ。」
アリシアさんはちょこんとズボンの裾をつまむと優雅に挨拶した。
「アリシア・サバドと申します。わざわざのお出迎え、感謝いたします。」
ハンナさんも優雅に礼を返した。ムライさんもハンナさんに倣う。
「私はラーシャ王女付き侍女のハンナ、こちらは同じくラーシャ王女付き騎士のムライです。アリシア様、これよりは私達がエルマ精霊国王都までご案内いたします。ようこそ、エルマ精霊国へ。」
丁寧なハンナさんの挨拶にアリシアさんは感激していた。ふふ、あの2人は仲良くなりそうだな。
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