第88話 使節団
それから一週間、サバド男爵とアリシアさんは忙しい日々を過ごしていた。王国で商人の動向や輸出入を管轄する商務大臣と近衛騎士団長とエルマ精霊国へ提示するワープホールの運用案と警備計画を策定していたためだ。
素案は王城の役人が作ったそうだが運用が現実的とは限らない。調整は喧喧諤々、白熱したらしい。お疲れ様です…。
マムと猫ちゃん達はヨームさんにせっつかれて早々に王都へと帰って行った。
「ユーリさん、ナルミ!早く帰って来てにゃ。さみしくて死んじゃうから…」
マムの言葉に猫ちゃん達も頷く。
「わかったよ。なるべく早く帰るよ…」
きっとあれだな。ユーリの言葉は口先だけだ。
私達は警備の兵が王都から着くまで退屈な日々を過ごしていた。サバド男爵は豪華な生活を好まない。食べ物は美味しい(豪華な食材が使われている訳ではない)が娯楽は全くない。
やる事がないのでユーリとの模擬戦ばかりしていた。そのうち、サバド男爵領の兵士から剣術指導をお願いされたので領都の訓練所に顔を出すようになった。
「違う違う。ズバッときたらサラッとかわしてバチンだよ。」
あいわらずユーリの剣術指導は難解だ。皆んな、わかってるのかな?
そうこうしている内に王都から警備兵が到着した。
「こちらに着任いたしました憲兵隊モリアティ・ナーガです。よろしくお願いします。」
王都から送られて来た兵士は屈強だった。装備も充実している。後から200の追加部隊と兵達の家族も合流するという。
サバド男爵は大忙しだった。兵を受け入れるためのインフラ整備に今後、増えるであろう商人達のための宿泊施設や物資の保管倉庫の用意。やる事が本当に多い。王都からは兵と一緒に10数人の文官もやって来た。サバド男爵の部下として市政にあたるらしい。
「ユーリ、正門の修理は後になりそうですね…」
私が吹き飛ばした正門。領都の象徴だった正門。まあ、簡易ではあるが丈夫な門は設置され、領都の防衛は担っているが。
「ふふふ、領都で話題だもんね。デビルズスナイパーが吹き飛ばしたって。」
「…」
それは畏敬の念(と思いたい)とともにラブリーエンジェルスの名前をサバド男爵領中に知らしめていた。
「まあ、仕方ないよね。」
うん、まあしょうがない。
私達は明日、エルマ精霊国へ出発する。使節団という形を取るがあまり大人数じゃない方が移動しやすいとのユーリの言で本当に最低人員だ。
アリシアさんを団長に、メラニンさんが副団長。ラブリーエンジェルスが武官として随行する。メイド(アリシアさんの警備も兼ねる武闘系メイドさんだ!かっこいい!)が3名、騎士が6名、私達付きとして野郎共Aチームが5名。合計18名。
「ユーリさん、ナルミさん。何卒、アリシアの事をよろしくお願いします。」
サバド男爵から丁寧にお願いされた。
「はい、かしこまりました。サバド男爵。」
「まあ、ナンブ。後の事は若いもんに任せて王都との調整を頑張ってよ。私、アリシアはとてもやる子だと思っているよ。」
ユーリの言葉にサバド男爵はちゃんと目の奥からの笑顔を見せていた。
「親の欲目と言われたくないですが、アリシアは文官としては才能豊かだと思ってます。」
「うん、ナンブ。あとは任せて。」
こうして私達は旅の準備を整えたのだった。
◇
「それではお父さま、行って来ます。」
「ああ、アリシア。頼んだぞ。」
短い会話の後、アリシアさんは使節団の皆に声をかけた。
「皆さん、よろしくお願いします。」
エルマ精霊国へは深い森を抜けるので基本的に徒歩だ。馬を3頭連れて行くが荷物運びだ。そうそう竜はちゃんと私の頭に張り付いている。そして私はこの子の名前を決めたのだ。
「ピー子と言います。」
「…」
ユーリは何も言わなかった。ジトっとした目でこちらを見ただけだ。でも、ユーリ。ピー子はこの名前の事を気に入っていると思います。だって何も言わないから!
エルマ精霊国の王都までは約15日の道のりである。ラーシャに会えるのが楽しみだ。
「ユーリさん。テントは俺達が準備しますので休憩してください。」
最初のキャンプ地に着いたのは夕方。無理をする事はないので早めにテントを貼る事にした。
野郎共Aチームはユーリに心酔している。何かと気を使っているのだ。
「あ、ナルミさんも休んでて良いですよ。」
私に対する態度がユーリの付属品みたいで気にくわないが楽させてくれるなら良しとしよう。
メイドさん達が近くの川で魚を取ってきた。魚は手早く捌き、近くの森で採取した香草を腹に詰めて熾火でじっくり焼いていた。サバド男爵は元々商隊の運営をしていた。野宿はその商隊の一員として働いていたメイドさん達にとってはお手のものなんだそうだ。魚の粗でスープも作ってくれた。
「へへへ、皆さん。メイドさん達のおかげで美味しいご飯ができました。この美味しいご飯を酒無しで食べるのは私の心情に反します。」
ユーリはそう言うと背中のバッグからワインを10本ほど取り出した。
「ナンブの屋敷にあったワインをコッソリといただいて来ました。今日は親睦を深めるためにも飲みませんか?」
アリシアさんは楽しそうに笑っていた。他の皆も。メイドさん達が料理をよそってくれた。はあ、良い匂いがする。
「ではでは皆さん、よろしくお願いします。」
その日は楽しい雰囲気で夜が更けて行った。焚き火を囲んで笑いが絶えない。
「アリシアさん、きっと上手く行きます!楽しい旅にしましょうね。」
「はい、皆さん。ありがとうございます。」
アリシアさんの顔は焚き火に照らされて輝いて見えた。
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