第61話 演習開始
僕達はネミシ教頭先生に見送られて士官学校をあとにした。王都の中央街道を通って関所を通る予定。道すがら僕はユーリさんに剣術について教えてもらっていた。
「そうだね。先ずは相手を見る。そして相手がこう来たらズバっとこうする。その時に予感が働くからブワッと行けば良いのよ。」
きっとユーリさんの剣術の極意を知りたかったのであろう。イーロンさんが最初は一緒に相槌を打っていたが途中から静かに離れて行った。
何て失礼な!こんなに素晴らしいユーリさんの剣術理論を蔑ろにするなんて!!僕はユーリさんの言葉の一つ一つを聞き逃さまいと必死に拝聴した。
「なるほど!こう来たらズバリッと行けば良いのですね!」
「違うよ。こう来た時はズバっ!だよ。」
ナルミさんが隣で遠い目をしていた。
「アホ…」
ナルミさん!何んて事を言うのですか!ユーリさんの素晴らしい教えをアホだなんて!!
「ナルミさんは剣術をどのように考えているのですか?」
アイシャがナルミさんに楽しそうに聞いていた。アイシャはラブリーエンジェルス(言いにくいがユーリさんが怒るから…)のお二人に会ってから楽しそうだ。
「そうだね。剣は攻撃と防御を兼ねて振るう事を考えているかな。朧流を私は円運動だと解釈していてね。」
「ナルミさん、僕もその考えには同意です。ユーリさんの理論は天才的過ぎて僕には難しい…」
イーロンさん。あなたはS級チームのリーダーでしょ?はあ、ユーリさんの素晴らしい理論がわからないなんて…
「円は途切れる事の無い軌道を描けるんです。途切れ無いという事は連続した動きが可能という事で…」
アイシャは目を輝かせてナルミさんの話を聞いていた。あいつがあんなに楽しそうにしているのは久しぶりに見たな。
そうこうしているうちに僕らは関所に着いた。僕らはこの関所はフリーパスに近い。関所の兵士は最敬礼で僕達を見送っていた。
「ふん!ご苦労!」
マルバがふんぞり返って偉そうにしていたが最敬礼をされているのはラブリーエンジェルスのお二人。マルバ、どこまでも恥ずかしいやつ…と思っていたら。
「マリングス隊長!」
マルバが唐突に関所にいた人物に声をかけた。憲兵隊の隊長だそうだ。マリングス隊長は胡散臭げな感じでマルバを見ていたがマルバは気づかない。
「僕はアインツ伯爵家のマルバだ!この女は貴族である僕を侮辱した!貴族に対して無礼を働いたのだ!!国家に対する反逆罪で即刻逮捕したまえ!!」
マリングス隊長は、はあっとため息をついた。
「ユーリさん、ナルミさん!先日は大変お世話になりました。憲兵隊を代表してお礼を言わせてください!」
「マリングス、そんな事は良いんだよ。バールが無事であれば。私もドジったしね。」
「いえ、正門まで11名もの賊の侵入を許したのは憲兵隊の落ち度だと思っています。お二人には感謝を!」
マリングス隊長は敬礼をした。後に控えていた他の憲兵隊の隊員もマリングス隊長に習って敬礼をした。その光景はラブリーエンジェルスへの敬愛に満ちていた。
「マリングス隊長!早くこいつらを逮捕したまえ!!」
「それではユーリさん、ナルミさん。失礼します!」
「おい!マリングス!!」
マリングス隊長はそこへマルバなどいないように振る舞っていた。
「おい…」
マルバは屈辱感を覚えたのだろう。真っ赤な顔をしていた。
「マルバ。一つだけ忠告します。
これから私達はこのチームで魔獣を討伐します。とても危険な任務です。チームワークが求められる任務です。仲間を蔑ろにすると早死にしますよ。」
ナルミさんは諭すようにゆっくりと、そして毅然とマルバへ話していた。だが…。マルバは拳を握り、ギリギリと震えていた。はあ、大丈夫なのだろうか…
◇
初日の夜。僕らは魔獣が多く目撃されている森林地帯に近い村の宿屋に宿泊する事にした。明日からは野宿になるので、今日ぐらいは良いよねと言うユーリさんの言に従ったのだ。宿屋の食堂で早速酒盛りがはじまる。僕もアイシャも飲めないのでもっぱら食べる事に忙しい。マルバは、
「こんな所で飯を食えるか!」
と言い放って自室へ引きこもってしまった。はあ、困ったな…
「ユーリさんもナルミさんもお酒が好きなんですね!」
イーロンさんの問いにナルミさんが答えた。
「はい。でもお酒というより美味しい物が好きです!」
ユーリさんはニコニコでご機嫌だった。
「この村は鶏が名物なんだね!このモモ肉を焼いた料理なんて最高だよ!」
むしゃむしゃと料理を頬張るユーリさん!かわいいなあ。と思っていたらアイシャに脇腹をつねられた。くっっ、痛い…。アイシャを涙目で見るとフンっと目をそらされた。何なんだよ。
「ふふふ、アイシャ!!」
ナルミさんが親指を立ててアイシャにウインクした。アイシャは真っ赤になって俯いた。
「ナルミって自分の事には無頓着なのに人の事はよく気がつくよね。」
「え?どういう事ですか?」
「だってさ、イーロンが何か言いたいみたいだよ?」
「え?イーロンさん、何??」
はあ、ナルミさんもかわいいなあ。ナルミさんはちょっと小首を傾げてイーロンさんを見ていた。
「い、いや、なんでもないです…」
イーロンさんは小声で答えて顔を真っ赤にし、俯いてしまった。その様子をユーリさん、ヒソカさん、バンさんがニヤニヤして見ている。
「いやいや、ユーリさん。うちのリーダーのこんな姿はなかなか見られないですぜ!ははは、酒がうまいなあ!」
ヒソカさんがグラスを掲げて酒を飲み干した。ユーリさんがアイシャの肩をバシバシ叩きながら言った。
「朴念仁って困るよねーー。見てよ、きっとムーンよりもわかってないよ。」
ナルミさんはキョトンとした顔をしていた。僕も全然意味がわからない。
「な、何ですか?皆んなして。私、おかしい事しました?」
「いいや、何でもないよ。」
本当に皆んな、どういう事?僕とナルミさんは顔を見合わせてため息をついた。
「ユーリ、それはそうと『シバの仮面』ってなんですか?」
「ああ、古代の遺物だよ。ミューが好きそうなやつ。被ると超人化する事ができるんだけど、扱いが難しくてね。使用方法はアインツ伯爵家に代々受け継がれていた秘伝だったんだ。
それをバカ息子が興味本意で持ち出して被っちゃったから大変!私達に何とかしてって連絡が来たので行ってみたら、王都の伯爵家のお屋敷が見事に半壊していてね。
バカ息子が暴れに暴れていて誰も手がつけられないの。だからとりあえずぶっ飛ばして、カガリに仮面を封印してもらったんだ。マルバは私の事を覚えてないと思うけどね。」
ユーリさん…簡単に言いましたが古代の遺物でアインツ伯爵家が管理していた物ですよね?絶対にすごいアイテムに違いない…
「ユーリが封印したと言っていたので、私、ユーリの事を見直していたんです。そういう繊細な魔力コントロールもできるんだなぁって。でもやっぱりカガリさんだったんだ…なぁんだ。」
「な、なんて事を言うんだナルミは!私の繊細な魔力コントロールをいつも見ているだろ!」
「ユーリなんて超絶に多量の魔力を派手にぶつけるだけじゃないですか!ふん!さっきは私の事を朴念仁って言うし、ユーリには繊細な機微というものがありません!」
「…ぐぬぬ。」
ワイワイといちゃつきだしたユーリさんとナルミさん。
「まあ、今日は村の名物料理を楽しくいただきましょうよ。」
アイシャが気を取り直して元気に言った。そうだ、そうだね。僕達は追加で来た鶏肉のスパイス煮込みを美味しくいただいた。
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