第59話 アグリーデーモンズ
「えー、私は怖くないよー。どちらかと言ったらナルミの方が怖かったよね。『腹に穴があきますよ』怖かったよねー。」
受付のお姉さんの名前はシルバニアさん。なぜかユーリと意気投合して楽しそうに話をしていた。
「どうせ私は柄が悪いですよ。」
「あーん、かっこ良かったんだよ、ナルミ。ドスがきいててさ!」
ふんだ!
「ところで士官学校との合同演習なんだけどさ。S級冒険者が同行するって本当?」
「はい、イーロンさんのチームが同行するそうです。」
イーロン・マーカス。評判の良い人物だ。彼の率いるチーム、『サーペント』はS級。魔戦士のイーロンと魔術士のバン、ヒソカの三人チーム。だがこんな任務になぜS級?
「じゃあなぜ、こんな任務に王都最強のラブリーエンジェルスが取り組むんです?」
うーん、そう言われると返す言葉がない…ねえ、ユーリ?うん?ユーリはなぜかニヤニヤしていた。
「ナルミ!ラブリーエンジェルスだって!久しぶりにちゃんとチーム名を呼ばれたよ。シルバニアは良い子だね!」
はいはい、そうですね。
「えーと。イーロンさん達には他にも依頼が出てます。魔獣が集まる事への原因調査です。この依頼にS級以上の指定が付いてました。」
ユーリはそれを聞くと渋い表情をしたが、
「ナルミ、やっぱり何かあるよ。装備は一揃いレギュラーの物を持って行こう。」
私達は士官学校生への講師という事で、あえて学生が揃えられる安価な装備を着けて行こうと考えていた。
「そうですね。その方が無難ですね。」
「うん、室長の持ってきた仕事だからね。気をつけよう…」
室長…ユーリの信頼感がまるでないな…
◇
昼過ぎ。ユーリと私は士官学校の応接室にいた。サーペントの3人は既に待合室で待機していて、私達が応接室に入ると直立して挨拶してくれた。
「S級チーム、サーペントのイーロン・マーカスです。こっちがバン、こっちがヒソカ。二人とも魔術士です。ラブリーエンジェルスのお二人とお仕事ができるなんて光栄です!」
冒険者とは思えない爽やかな挨拶。ユーリじゃないが、こんなに爽やかな好青年にラブリーエンジェルスと呼ばれると気分が高揚する。
「特別チームラブリーエンジェルスのユーリ・ミコシバと、」
「ナルミ・ジェイドです。これから3日間よろしくお願いします。」
うん、とっても好感触。荒れくれ冒険者じゃなくてよかった!
『コンコンコン』
ドアがノックされ、ネミシ教頭が部屋へ入ってきた。
「皆さん、今日はありがとうございます。今回、この演習に参加する生徒は3人です。皆、とても優秀な生徒です。それぞれに導いてあげていただけたらと思っています。」
それを聞いてユーリはニカッと笑った。
「教頭先生、私達は上位ランクのチームだ。いまさら、基礎的な事を手取り足取り教えるつもりはないよ。私達の仕事を見て、自分達の実力を正しく知り、士官学校を卒業した後に自分の実力を見誤って死ぬ事が無いようになってくれれば充分だと思うよ。」
それを聞いたサーペントの3人も大きく頷いていた。たまにはユーリも良い事を言うなあ。私も士官学校では成績が優秀だった。
だが私の場合、朧流の交流試合で自分の実力を嫌というほど思い知らされた。この経験があったからこそ、慢心しないで特殊作戦チームでがんばれた。今はユーリやサーラさんをみているので自分の実力を過信する事はない。たまに自信がなくなるけどね…
教頭先生は黙って頭を下げた。
「はい、よろしくお願いします。」
教頭先生は私の恩師だ。士官学校時代とてもお世話になった。剣術に行き詰まっていた私に朧流の道場を紹介してくれたのもネミシ先生だった。(その頃はまだ、教頭じゃなかったな。)とても生徒思いの素敵な先生。
「それにしてもナルミさん。上級騎士になられたとか。本当にあなたは私の自慢の教え子ですよ。」
ネミシ先生…。先生はちょっとだけ涙ぐんでいた。
「先生!そうでしょそうでしょ。ナルミはとても強い騎士です。そんなナルミの後輩と一緒に仕事ができるのも楽しみですよ。」
ユーリ…。あんなに嫌がってたくせに…心にも無い事言って…
「ユーリ極級騎士にそう言っていただけると我々も嬉しいです。あの…」
ネミシ先生はとても言いづらそうに言葉を選んで言った。
「今回、演習に参加するムーン、アイシャの両名は素直でとても優秀な生徒です。もう一人、マルバ・アインツも成績はとても優秀な生徒ですが。」
「成績?は優秀…」
「はい。」
「アインツ…。伯爵家ですね。」
「はい。」
ネミシ先生はとても苦渋に満ちた表情をしていた。
◇
僕は人生で一番ドキドキしていた。これからアグリーデーモンズのお二人に会えるのだ。待ち合わせは昼過ぎに士官学校。まだ待ち合わせ時間には早いが居ても立っても居られなくて家を出てしまった。
「あれ?あれは…アイシャ?」
僕の家の前には大きな荷物を背負ったアイシャが塀に寄りかかっていた。そして、僕が門から出てきたのを見つけるとすごい勢いで迫ってきた。
「遅い!ムーンのことだからもっと早く家を出ると思ったのに!」
「えっとー、アイシャはどこに行くの?」
僕は嫌な予感を覚えながらもアイシャに聞いた。
「冒険者ギルドとの演習よ。ほら、行くわよ。」
しれっと答えるアイシャに僕はめまいを覚えた。
「えっと、そんな話聞いてないよ?」
「だって言ってないもん。言ったら反対したでしょ?ほら、早く行くよ。」
はあ。いつもアイシャには振り回されてばかりだ。
「アイシャ…お願いだから邪魔しないでよ?」
「それは私のセリフだよ。私だってラブリーエンジェルスにお会いしたいんだからね。しかも一緒に行動できるなんて夢みたい!」
ラブリーエンジェルス…ね。特別チームとしての登録名はラブリーエンジェルスだ。だがその名で呼ぶ者はほとんどいない。国王陛下もアグリーデーモンズと呼称していた。
「アイシャ。アグリーデーモンズだよ。国王陛下もそう呼ばれていた。」
「だって…その名前、かわいくないんだもん。ムーン、お二人の事を見たことあるの?」
「そりゃあ、あるよ。」
僕はユーリさんの華麗な剣技を思い浮かべながら答えた。
「お二人とも、とっっっても美人なんだよ。スタイルも良いし、強くてかっこいい!!アグリーデーモンズって感じじゃないんだよね!」
はあ、こいつはいつもこうだ。かわいくない?そんなのどうでも良いだろ…僕はあいまいに返事をすると足を早めた。
「ちょっとムーン、歩くのが早いよ。」
僕はアイシャの抗議を無視して士官学校への道を急いだ。
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