第57話 ユーリの心覚
「ムーン、ムーンたら!」
「何だよ。これから魔法操作学の復習をするところだよ。相談にはのれないよ。」
「もう!そんなんだから女の子にモテないんだよー」
アイシャは頬を膨らませて文句を言ってくる。アイシャは幼馴染で同級生の女の子だ。もうすぐ僕のお母さんの誕生日なので一緒にプレゼントを選ぼうと言っているのだ。
はあ、今、僕はそれどころではないのだ。それにしてもアイシャには困ったものだ。小さい頃から僕の世話を焼きたがる。おせっかいなのだ。
しかも勉強している様子もないのに成績は学年でもトップクラスなのだ。ああもう、いい加減にしてくれ!
僕はアイシャを振り切ると学校の中庭のベンチに腰掛けた。冬になり、少しだけ暖かい日差しが気持ち良い。僕は魔法操作学の教科書を開くと明日の授業の予習を始めた。だがあまり集中できていない。
明後日に迫った特別講習のことで頭がいっぱいだったからだ。
僕の名はムーン。軍の士官学校に通う17歳の男の子だ。
成績は良い方だ。少し前までは150人中20番には入る成績だった。実技はちょっとだけ苦手だが、それでも朧流の中級を持っている。来年の春に学校を卒業したら王立軍のどこかの部隊に就職したいと思っていた。大成はしないだろうが、中隊の隊長くらいにはなれるだろうと思っていた。
だが今の僕は王立軍の一般兵への興味はこれっぽっちも残っていなかった。
「はあ、それにしても…美しかったなあ。」
先日の建国100周年を記念したお祭りで僕は人生を変える出来事に遭遇した。その日はお祭りの最終日に開かれるレセプションで料理を給仕するために王城の広場で働いていた。士官学校の生徒にはこういう公の行事の際によく仕事が回される。
志がある奴はこういう時にお偉い貴族様とお近づきになろうと必死に働いているが、あいにく僕はそんな気は毛頭なかった。早く終わらないかな…料理を取り分ける皿を広場に設置された立派なテーブルに用意しながらそんな事を考えていた。
『カーン、カーン』
レセプションの開始を告げる鐘が鳴り、国王陛下が広場前のバルコニーへと姿をお見せになった。
その時だった。正門の方で爆発音がした。一斉に騎士達が抜刀して緊張感が走る。そして魔力の暴発。生きた心地がしなかった。朧流の中級を持っているはずなのに、何も出来なかった。ただただ強大な魔力の暴発に怯えていた。
「あーー、きゃーーー」
頭を抱えてうずくまっていた僕は悲鳴を聞いて顔をあげた。そこに見えたのはパンパンに膨れ上がった魔獣を抱えた男達だった。
やばい、あんなのが爆発したら無事ではすまない。だが身体は動かなかった。
根源的な恐怖。命が脅かされる恐怖。
「た、助けて!」
僕はみっともなく叫んでいた。
『ドウ』
それは美しい光の流れだった。正門付近から放たれた美しく輝く光は魔獣を抱えた男を消し飛ばしていた。それから。
もう一人の男は突然現れた金色の髪をなびかせた美しい女の人が振るった刀に両断されていた。信じられない事に魔獣の魔石ごと切断されたらしい。魔獣は爆発する事なく、消滅した。
「な、なんて美しいんだ…」
見方によっては猟奇的な光景だ。とても扇状的で無駄のない剣技。その美しい刀の軌跡によって両断された男の身体から血が風に舞う花弁のように空に舞い、女の人を彩った。
ぼくはこの光景に魅了されてしまった。あの力強く輝く光の流れに導かれて、あの女の人は現れたのかと思った。その剣技はとても人の技とは思えなかった。女神の御業だと思った。
後であの人は「アグリーデーモンズ」という特別チームの一員だということを知った。僕はアグリーデーモンズに魅了されたのだ。彼女に近づきたい。僕は強くそう思った。
その日から僕の怠惰な生活は終わった。あの人に少しでも近づけるように!
それから僕は努力した。それまでは特に勉強しないでも上位の成績だったが一生懸命に勉強した。士官学校に入学してから1年半。僕は初心に立ち帰り、一年生の時の学科から勉強しなおした。それから体力作り。朝早く起きて王都を走りまわった。最初のうちは息切れして長い距離を走れなかったが、今は街外れの孤児院までかなりのスピードで走って帰ってこられるようになった。朧流の道場にも足繁く通った。もうすぐ上級の試験を受けられるところまで上達した。
その甲斐もあり、僕の成績は士官学校で5位に入るまでになっていた。
そんな日々を送っていた僕に神様は素晴らしいプレゼントをくれた。士官学校では成績上位者を選抜して特別授業を行っている。今回は冒険者ギルドと共に近隣の村の近くに蔓延った魔獣の討伐。王立軍から講師が派遣されて同行してくれる。
なんと今回、アグリーデーモンズのお二人が講師なのだそうだ。こんなに嬉しい事はない!僕はすぐに申し込み用紙に必要事項を記入すると担当の教官へ提出した。
「ムーン、良かったよ。いつも冒険者ギルドと共同で行う授業は人気がないんだ。ほら、冒険者ギルドの冒険者って荒れくれ物が多いだろ?皆んな、萎縮してしまって…。」
そうなんだろうなあと思う。最近、ギルドマスターが代わり、改善されているそうだが乱暴者の集まりというイメージは拭えない。
「しかも講師がアグリーデーモンズだ。いや、優秀なチームだよ。ナルミ上級騎士はこの学校の卒業生だし、何より私の教え子だからね。とても成績が良かったよ。でもアグリーデーモンズは色々と曰くありげな噂が多いからね。」
曰く、『初代国王様の紋章を破壊した』『国王陛下をタメ口で叱りとばした。』『武闘大会で石舞台を魔法で消し飛ばした。』『エルマ精霊国では英雄として崇拝されている。』『陰を多く従え、王都の情報を全て握っている。』『二人で地方貴族の反乱を鎮圧した。』などなど。
どこまで本当の事かはわからないが、何ともすごい噂ばかりだった。
「教官、もう一人のユーリさんというのはどういう方なのですか?」
「あー、それがさっぱりわからないのだよ。極級騎士だと聞いているが…。あまり失礼な事はするなよ。」
「はい、気をつけます。」
申し込み用紙を提出してからもう一週間になる。明後日。明後日にはユーリさんに色々と教えてもらえるのだ。僕はとてもワクワクしていた。早くアグリーデーモンズのお二人に、特にユーリさんに会いたかった。僕は中庭のベンチでユーリさんの事を思って今後の事を夢想していた。
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