第110話 ユーリの事情
ユーリは疲弊していた。かなりの体力を消耗しているようだった。ピー子に魔力を譲渡するように頼んでみたが、ピー子の魔力は拒絶されるらしい。結局はアイシャがヒーリングを行った。
「ユーリさん、規格外です…。」
ヒーリングでかなりの魔力を消費したアイシャもユーリの横のベッドで倒れるように寝てしまった。
私はユーリの容体に変化がない事を確認してから、一旦部屋を出た。部屋の外にはエルマ精霊国の騎士が控えていた。この村の武官だそうだ。
「ユーリ様の容体は如何ですか?」
その騎士が尋ねてくる。
「はい、落ち着いてます。」
「そうですか。良かった。隣町まで早馬を走らせました。そこからララーシャ女王へ魔法通信で連絡をします。早ければ2日後には応援の騎士が到着すると思います。」
私はその言葉に頷いた。
「ありがとうございます。偽物の尋問もお願いしてしまって…。」
「いえ、ナルミ様はユーリ様のお側についていてあげてください。では、私は手筈を整えて参ります。」
敬礼をして踵を返した騎士に私は返礼して、その後ろ姿を見送った。私は騎士の気遣いが嬉しかったのだ。
「ナルミ様。何かございましたらお声掛けください。」
部屋の外には宿屋の受付さんと村長が手配してくれた女性が2名控えていた。
「ありがとうございます。何かありましたら、お願いします。」
私は皆にお礼を言って部屋へと戻った。
「ナルミ…。」
部屋へ戻るとユーリが声を掛けて来た。
「ユーリ!大丈夫ですか!!」
私の勢い込んだ問いにユーリは苦笑していた。
「へへへ、ここに戻ってくるのは大変だったよ…。」
「はい、その話は後でゆっくり聞きます。今はゆっくりしてください。」
私はユーリの手を握りながら微笑んだ。
「ああ、ありがとう。」
ユーリはそう言うと目を瞑った。すぐに寝息が聞こえてくる。
「ユーリ…。」
ユーリからは銀灰の竜の気配が消えていた。ピー子によると魂の繋がりが完全に断たれているらしい。そのため、ピー子の魔力をユーリへ譲渡できなかったそうだ。そして、もう一つ。ピー子が魔力を譲渡できなかった訳は。
「炎赤の竜の気配なの…。」
ユーリからは銀灰の竜とは違う竜の魔力が感じられた。
ユーリが空間から現れた時、いつも使っていた金の魔刀を持っていた。だが、その刀身は前と違って。
「赤く輝いていた…。」
私は首を振ると色々な思考を振りやった。
「ユーリ、私は貴女が帰って来てくれてとても嬉しいよ…。」
私はそっとユーリの頬に触れると小さくつぶやいた。
◇
ユーリが再び目を覚ましたのは半日後だった。
「ユーリ、おはようございます。」
「ナルミ、ただいま…。」
私はユーリの頭をそっと抱きしめた。
「ずっとずっとずっと、待ってました。良かった…。本当に良かった…。」
ユーリは私の胸に顔を埋めると大きく息を吸った。
「はあーー、やっとナルミ成分を補充できたーー。長かったよーー。」
「な、な、何なんですか!!??やっと帰って来て言う事がそれ??」
ユーリはニカっと笑うと改めて私の手を握った。
「うん。心配かけたね。ナルミ。ただいま…」
「うん、ユーリ。おかえりなさい…。」
私はユーリに手を握られながら、涙が頬を伝ったのだった。
◇
「え?ユーリは竜なの?どういう事?」
「いやね、だから…。」
ユーリの話はにわかには信じられなかった。
ワープホールに呑まれたユーリとミーシャは亜空間を彷徨った。何もない無の世界。時間の流れが無く、でも意識はある、永遠とも瞬間とも言える世界。ユーリはミーシャとこの世界でただただ漂っていた。
「ある時、ミーシャが見つけたんだ。いや、私はわかっていたんだけど…」
ユーリに竜の因子が宿っていることを。
「ミーシャは竜が空間を操る能力がある事を知っていた。いや、私も知っていたけどね…。」
銀灰の竜も初めて私の目の前に現れた時は空間から転移して来たもんなあ。いやいや待てよ、そもそもユーリは竜の力で空間を斬っていたのか?
「ユーリは空間を斬って脱出できなかったのですか?」
「いくら私でもそんな器用な事はできないよ。今までは…ね。」
ミーシャの考えは突拍子のないものだった。
「ミーシャの魔力を媒介に私の身体を竜に作り変えるという考えだった。確かに可能だった。私の中には炎赤の竜と銀灰の竜の魔力があったから。でもそれはミーシャの命と引き換えという事を意味する。私は悩んだ…。だけどね、ミーシャの提案を飲んだんだ。ミーシャはね、私がここに居ても何もならないって言うんだ。」
私は知っている。ユーリが死の商人を潰したいと願っている事を。
「それで私は竜になった。あ、でも大丈夫だよ。身体が竜体なだけで本質はユーリだから。」
そう言うとユーリは魔力を放出した。ユーリの髪が赤くなり、背中からは翼状のオーラが溢れ出す。
「炎赤の竜…。」
「そう。竜体に2体の竜を宿す事はできないからね。なので私は銀灰の竜に呪われた私の魂を炎赤の竜の魔力で浄化した。だからピー子との繋がりも消えた。銀の魔刀も燃え尽きた。」
ユーリの話は腑に落ちたが理性が理解を拒んでいた。ユーリが竜?
「その…、ユーリはユーリなのですか?」
私の問いの本質をユーリが理解したのかはわからなかったが。
「うん。私は私だ。ユーリだ。それは間違いない。」
ユーリのしっかりとした答えに私は納得した。そうだね、ユーリはユーリだ。私はそっとユーリの手を握る。暖かい。私はこの温もりをもう離したくないと心から思った。
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