第106話 ユーリの刀
ナルミさんはピー子から飛び降りると着地して再びクロスライフルを構えた。
『ドン』
再びの鈍い発射音。だが先程とは違う。間髪を入れない2連射だ。サイクロプスは棍棒を構えて魔力を展開した。
凄まじい魔力だ!だが一射目のミスリル弾が魔力の障壁を砕いた。サイクロプスの一つ目が驚愕でみひらかれた。ニ射目のミスリル弾はサイクロプスの棍棒に当たり、棍棒を真っ二つにへし折っていた。
「凄い!!」
ナルミさんは魔刀を抜くと刀身に魔力を込めた。刀身が銀色に光り輝き、銀色の粒子が立ち上がる。
「あ!銀灰の竜と同じ!」
魔刀から立ち上がった銀色の粒子は鋭い刃となってナルミさんの気合いとともにサイクロプスを両断した。
「ナルミさん!後ろ!」
僕の心配は杞憂だった。ナルミさんの後ろに素早く走り込んで棍棒を振り下ろした二体目のサイクロプスはピー子の咆哮とともに放たれた魔力に一瞬動きが止まった。その間にナルミさんは再び魔刀へ魔力を込める。
「うがーー」
体制を整えたサイクロプスは渾身の力でナルミさんへ棍棒を振り下ろした。
「!!」
その凄まじい勢いで振り下ろされた棍棒はナルミさんの魔力が籠った魔刀に弾き飛ばされた。
「何て力だ!」
サイクロプスは棍棒諸共吹き飛ばされ、その巨体は地面に倒れ伏した。ナルミさんはそのままサイクロプスへ飛び込むとサイクロプスの胸へ魔刀を突き立てた。
「ぐおおおー」
サイクロプスは苦悶の咆哮をすると動かなくなった。
「ふう。」
ナルミさんは落ちたクロスライフルを拾い上げると背中のバッグへと収納し、僕とアイシャに歩みよってきた。
「あの棍棒はすごいね。一発で折れると思ったんだけどな。」
いやいや、普通は折れませんから!
「あの…、ナルミさん。あの力は銀灰の竜の…??」
「そう。まだユーリみたいに銀の粒子を使いこなせていないけど…。やっとユーリの足元に届いたかな…?」
一瞬だけ寂し気な顔をしたナルミさんは次の瞬間にはいつものナルミさんに戻っていた。
「ムーン、ゴブリンの討伐ももう終わりそうだ。残敵がいないか?魔法士と協力して探して。アイシャは怪我人の治療だよ。二人とももう少し頑張って。」
「「はい、ナルミさん」」
ナルミさんはピー子の元へ行くとその首筋を優しく撫でた。
「ピー子、私達は一足先に連合商会に戻らせてもらおう。ムーン、あとはよろしくね。」
やはりナルミさんはかなりの魔力を消費したみたいだ。そりゃそうだ、サイクロプスを3体相手にしたんだぜ。僕はピー子の背中に乗って空へと舞い上がって行くナルミさんに敬礼するとエルマ精霊国騎士団の方へと踵を返した。
◇
「ナルミちゃん!大変なの!!」
連合商会へ戻るとあたふたとしたアカネに飛びつかれた。どうしたどうした。
「何何?慌てちゃって。アカネらしくないね。」
「と、とにかくユーリちゃんの銀の刀を見て!」
私は胸騒ぎを覚えるとユーリの刀が空間に突き刺さっている場所へと走った。後ろからピー子が付いて来る。
「ユーリ!ユーリ!!」
ユーリの銀の刀はいつもの場所に刺さっていたが。
「あ、ナルミさん!」
「アリシアさん、何があったの?」
銀の刀はその刀身が真っ赤に焼けていた。
「ピーピーピピ」
「え?炎赤の竜の力?ピー子、どういう事?」
その瞬間、ユーリの銀の刀は赤く赤く輝くとその刀身は蒸発して霧散した。
「え?ユーリ!」
「ピーピピピー」
ピー子が激しく何かを訴えている。
「魂の絆が切れた?ピー子!どういう事?」
ユーリと私は銀灰の竜によって魂に"呪い"を刻まれた。銀灰の竜の分身であるピー子は私達に刻まれた呪いを感じる事ができる。そのピー子がユーリを感知できなくなった?私はピー子のこの感覚を信じていた。だからユーリの生存を疑ってなかったのだ。
「ピー子!」
刀身が消えると同時にピー子へ巨大な魔力が集中した。いや、ユーリに譲渡されていた銀灰の竜の魔力がピー子に戻って来たと言った方が良いか?ピー子の姿が若く凛々しいドラゴンの姿へと変わる。
「え?あれはユーリに宿っていた力?ユーリは?ピー子!ユーリは??どうなった!!??」
しかし、私の絶叫にピー子は答える事ができなかった。ピー子のその悲し気な咆哮が地平にこだましただけだった。
◇
あれからしばらく私は何もする気が起きず、私室に閉じこもっていた。魔獣討伐は一人の犠牲も出さずに終了。急ぎの案件もなかったのでアリシアさんに無理を言って休みをもらっていた。
『トントントン』
ドアがノックされ、アカネがお盆を抱えて入ってきた。
「ナルミちゃん、麺なら食べられる?」
アカネは小麦で作った麺に鶏でとった出汁をかけて香草をあしらった料理を持ってきた。
「アカネ、ありがとう。」
私はよろよろと立ち上がるとテーブルに置かれた料理に手を伸ばした。
「アカネ。私の中でこんなにもユーリの存在が大きいとは思ってなかった。」
アカネは椅子に腰掛けると黙って私の話を聞いてくれた。
「ピー子との魂の繋がりがあったから私はユーリが生きている事を疑ってなかった。でも今はユーリが生きている事に自信が持てないんだ。心に穴が空いたみたいだよ…」
アカネは何も言わなかった。でもその目は優しさに溢れており、私は心が少し軽くなったように感じた。
そうなのだ。アカネも大事な人を失っている。彼女のお母さんは王国の政争に巻き込まれて命を落としている。それに彼女の敬愛する師匠であるカガリさんは依然として行方不明だ。ユーリだってアカネにとっては大事な人なのだ。
アカネの小さな手が優しく私の背中に触れた。その手はとても暖かかった。
「アカネ、ありがとう…」
私は涙が溢れるのを止める事ができなかった。
「アカネ、ありがとう。」
私は何度もアカネにこの言葉を繰り返した。そう。私も気持ちに整理をつけないといけないのだ。
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