第103話 ナルミさん
「ムーン班、アイシャ班、全員揃いました!」
親衛隊から50人、衛生部隊が5人、合わせて55人でワープホールを通り、エルマ精霊国へと向かう。僕はうむと頷くと号令を出した。
「それでは全員、ワープホールへ!」
僕達がワープホールの入り口まで前進すると魔法士が魔石を取り出してワープホールにはめ込んだ。するとワープホールは淡く発光を始め、徐々に空間が歪み始めた。
「ムーン殿。それでは良き旅を!」
魔法士に声をかけられると同時に僕達は光に満ちた通路にいた。その通路は目が眩むほどに眩かったが、先へ先へと送り出されている感覚があった。隣にいたアイシャが僕にしがみついて来た感覚があった。アイシャ、こういう自力でどうにもならない事が苦手だもんな。
でも光の通路に居たのは数瞬の時だった。気が付くと僕達は見覚えの無い場所に立っていた。
「アイシャ、着いたみたいだよ。」
僕にしがみついていたアイシャは恐る恐る手を離し、辺りをキョロキョロと見渡し始めた。そして、
「あ!ナルミさん!!」
うれしそうにそう言うと一人の女の人へ向けて走り出した。
「ナルミさんなのか…?」
その女の人は僕の知っているナルミさんよりもずっとずっと大人びて見えた。
「背が高くなったのかな?それもあるけど、雰囲気が気高くなったんだな…」
ナルミさんは抱きついて来たアイシャを受け止めるとアイシャの頭を撫でていた。
「ヒーリングが上手になったみたいだね。清い魔力を感じるよ。がんばったね。」
アイシャはナルミさんの言葉に涙をこぼしていた。それからナルミさんは僕の方を見るとゆっくりと歩んで来た。
「ムーン、君も魔力が洗練されたね。頼りにしてるよ。連合商会へようこそ!」
僕はナルミさんの言葉に答える事ができなかった。その美貌とオーラに見惚れてしまったのだ。
「ムーン?」
その時、こちらに戻って来たアイシャに思いっきり足を踏まれて我に帰った。
「あっ!ナルミさん、いやナルミ隊長!僕はムーンです!あのがんばります、いや着任してから。あの!よろしくお願いします!」
僕の狼狽っぷりにナルミさんは優しく笑いかけてくれた。また、僕はその笑みから目が離せなくなった。
「もう!ムーンたら!」
アイシャに脇腹をゲシゲシと殴られた。何なんだよ、もう。そっと見るとアイシャは頬を膨らませてご立腹だった。
「はははは。あなた達、変わってないね。安心したよ。」
ナルミさんの横にユーリさんはいない。僕はそこに一抹の寂しさを感じた。ナルミさんの笑顔を見ながら僕はそんな事を考えていた。
◇
ムーンとアイシャが来た。サーラさんの人選には本当に感謝だ。ムーンとアイシャは短い間だったが一緒に旅をした仲だ。気心もしれている。
二人ともアリシアさんともアカネともすぐに打ち解けていた。今、5人でささやかながら歓迎会を行っている。場所は連合商会の支部。メルさんが色々な料理を作ってくれたのだ。皆んなでお酒も飲んだ。
「えー、ムーン君とアイシャさんはラブリーエンジェルスと旅をしたんだ!良いなあ…」
「アリシアさんだって旅、してたじゃない。」
「でも私の場合は逃避行に近かったしなあ。」
何だかんだと3人で姦しい。
「えーえーえー、アイシャちゃんが一緒だった時って銀灰の竜を倒した時だよねー。あの時はナルミちゃんが卵を持って帰って来てびっくりしちゃったよ。」
そこにアカネが加わるとうるさい…。
「ナルミさん。始めは卵を食べようとしてたよね。」
「そうそう。ナルミさんって美人で強くてクールっぽいけど、ちょっと抜けてるんだよなあ。」
こ、こいつ!ムーンは前からユーリに対する態度と私に対する態度に違いがありすぎる!もっと私の事も尊敬して良いのではないか?
「尊敬?尊敬してますよ。でも僕はユーリさんの事を崇拝しているのです。」
「…」
「ところでこの竜の名前って何とかならないんですか?」
く、何だか皆んなの私に対する態度が馴れ馴れしくなって来た…。
「な、何で?かわいいじゃない…」
ムーンは両手を上げると苦笑した。
「ピー子って…。ドラグニルとか、ヴァルザークとかもっとありますよね…。ナルミさんのセンスを疑います…。」
ムーンに酒を飲すのはもうやめよう。密かに私は決意した。絡み酒だ。面倒くさい…。
「ふん!ピー子って名前はユーリが考えたんだよ。」
途端にムーンは破顔した。
「やっぱり!!気品のある素晴らしい名前だと思ってました!」
こ、この野郎!
「うそ!私が考えた。」
「はあ、名前…。何とかならなかったんですか…」
この日、私はムーンの酒癖が悪い事を学んだのだった。
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