第102話 3年の時間
エルマ精霊国バーキン族領。この地にワープホールが開通してから3年が経った。今やこの地は倉庫群が立ち並び、多くの物資が集まっていた。
ワープホールは王国とエルマ精霊国で開通しただけだったが、この後に複数の国と開通する予定だった。そうなるとこの地は益々栄えるだろう。
「はあ…。」
今日になってから何度目のため息だろう。いや、ユーリが居なくなってから私はいつもため息をついている気がする。私はワープホールの前に建てられた連合商会の支部の一室にアカネと二人だった。
「ナルミちゃん、ちゃんと休んでいる?」
アカネに心配されてしまった。私もまだまだ人間ができていない。
「うん、大丈夫だよ。」
私の声には張りがなかった。そしてますますアカネを心配させてしまう。
「昨日も魔薬の密輸組織と戦闘だったんでしょ?」
ワープホールが開通してからこの地は良くも悪くも発展した。光があれば闇もあった。裏社会が構築し、違法な薬物を売買する組織が暗躍していた。もちろんエルマ精霊国も連合商会も取り締まるがイタチごっこの程をなしていた。
そんな中で昨日は大規模取引の情報が入り、エルマ精霊国騎士団と合同で奇襲をかけたのだ。
「全然、大した事なかったよ。」
3年前のワープホールを巡る攻防で帝国は5万の兵を失ったとされている。それ以後、帝国には目立った動きは無い。死の商人も…。
「帝国の兵に比べたら全然、大した事ないよ。」
「そう…」
私の言葉にアカネは短く答えると話題を変えた。
「明日、親衛隊から騎士隊が送られてくるね。」
親衛隊。サーラさんの部隊だ。ワープホールの守備隊の増援のために50人の騎士隊が親衛隊から派遣されてくる。親衛隊から派遣されてくるのはサーラさんの気遣いなのだ。
「サーラさん、私達の事を認めてくれているからやり易いよね。」
この部隊は私の指揮下に入る事になっている。こんなに若い娘の指揮下に入るのだ。普通なら相当の反発があっただろう。
「アカネ、ユーリは…。いや、何でもないよ…」
私の曖昧な問いかけにアカネは窓の外に浮かぶ"空間に突き刺さった刀"を見ながら答えた。
「私、あの刀からユーリちゃんの力を感じるんだ。いつかあの刀を拠り所にユーリちゃんは帰ってくると思っている…。」
私はアカネの言葉に頷いた。
「そうだね。私もあの刀からユーリを感じるよ。早く帰って来ると良いのにね…」
私の言葉にアカネは静かに頷いた。
◇
「ちょっと!ムーン!歩くのが速いって!」
今日、僕は親衛隊の班長として50名を率い、ワープホールを通ってエルマ精霊国へと旅立つ。所謂、出向というやつだ。配属先はナルミさんの部隊だ。本当はラブリーエンジェルスのお二人に仕官したかった。
だが、ユーリさんは3年前のワープホールの攻防戦で行方不明になっている。色々な思いがあったが僕は首を振ると思考を中断した。今日は出発の日なんだ。責任者がウジウジしていてどうする!
荷物を担いで実家の門を出るとアイシャがいた。見送りしてくれるなんてかわいいところがあるなと思っていたら、顔を合わせた途端に『あんたは好き嫌いが多いから何でも食え』『洗濯物を溜め込むな』『掃除はちゃんとしろ』と口やかましい。おまえは僕のお母さんか!!
「まあ、でもムーンが良ければ私が…。ちょっと聞いてるの!ムーン、おいて行かないでよ!」
はあ、それに何でこいつはこんなに荷物を持っているんだ。もしかして僕への餞別なんだろうか?でもあんなにたくさん物をもらっても迷惑だな…。
アイシャの小言(『ムーンは私に対する気遣いが足りない』というエンドレスな愚痴)を聞きながらも親衛隊の本部へと到着した。
「アイシャ、本部には入れないよ。」
「大丈夫よ。」
アイシャはそう言うと何やら通行書みたいな物を受付に見せ、パスをもらっていた。アイシャはそのパスを首からかけると僕を見て、ニヤっと笑った。何とも準備が良いな…。
僕は付いてくるアイシャの扱いに困りながらもサーラ隊長の執務室のドアをノックした。すぐに中から応答があり、僕は部屋へと入った。当然のようにアイシャも付いてくる。はあ、何なんだよ…。
「時間通りね、少年。」
中にはサーラ隊長とミットフィル副隊長がいた。
「はい、本日付で連合商会守備隊へ出向いたします!」
僕の挨拶にサーラ隊長は寂しそうに笑った。
「本当は私が行きたいのだけど…」
ああ、サーラ隊長はユーリさんの事を探したいのだな…。横でミットフィルさんも複雑な顔をしていた。ミットフィルさんがナルミさんを好きな事は全親衛隊員が周知の事実だ。ミットフィルさんもナルミさんの所へ行きたいのだな…。
「それじゃあ、二人ともナルミの事をよろしくね。」
「はい、ご期待に応えるよう精進します!」
僕は敬礼をして答えた。うん?二人とも?
「私も精一杯頑張ります!」
うん?アイシャ?何言ってんの?アイシャを見ると得意げな表情で僕の事を見ていた。
「え?アイシャも行くの?」
「何だ、ムーンは知らなかったのか?アイシャは衛生部隊長としてムーン班に同行してもらう。最終的にはナルミさんの指揮下に入ってもらうがな。」
僕はミットフィル副隊長の言葉に目を白黒させてしまった。僕の様子を見て、サーラ隊長が苦笑いした。
「少年、情報収集は大事だぞ。剣技だけでなく、情報処理についても学ぶように。幸い連合商会のアリシア殿は情報についての素養が高い。勉強させてもらって来い。」
サーラ隊長の言葉に僕は敬礼で答えた。隣でアイシャがニヤニヤしていた。後で覚えていろよ!
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