忘れる
はじめての投稿です。
お手柔らかにお願いいたします。
ゲーム内相方(オンラインゲームの中で擬似恋愛を楽しむ関係)についての短編です。
「いらっしゃいませー」
店の自動ドアが開くと、皺くちゃなシャツとよれたデニムを穿いた男性客が、むっとするような熱気とけたたましい蝉の鳴き声と共に入ってきた。
客はレジのカウンターに立つ俺に目も合わせず店の奥へと消えて行った。
「返却済みのDVD、片付けといて」
中年太りにしては太りすぎた店長に言われた俺は、台車にDVDを載せて、「18歳未満立ち入り禁止」と書かれたピンクの暖簾をくぐった。
レンタルDVD店の店員のアルバイトは楽だ。
レジ打ち、補充、誰でもできるような仕事しか与えられない。
それはこんな自分でもできるような仕事ばかりだ。
親に塾にまで入れてもらわせておいて、大学受験は失敗。所謂Fラン私立大学に通っている。
おまけに四年生になるというのに、8月の今も就職先すら決まっていない。
ゲームに夢中になって単位を落とし、勉学もサークル活動も交友関係も何も頑張ってこなかった自分に原因があることは承知している。
この店でアルバイトをして初めてもらった給料で買ったオンラインゲームで相方ができたのは、2年前のことだ。
ゲーム内では常に理論値装備をつけてエンドコンテンツに潜っている俺に、彼女はいつも必死でついてきた。
よくできたキャラメイクの俺をかっこいいといつも言っていた。
その度に俺は、現実の自分に自信をなくしていった。
きっと彼女がこうして働いている俺を見たら、幻滅するに違いない。
俺は返却済みのDVDを元あったケースに戻していった。
インターネットが進んだ時代だから、わざわざいかがわしいものを借りにくる人なんて年々減っていた。
この店だって長くは続かないだろう。
時代と共に忘れられていくのだ。
次のDVDをケースに戻すために別の棚へ移動した先には、先程店に入ってきた皺くちゃのシャツとデニムの男がいた。
女の写ったケースを持つ左手の薬指には指輪が鈍く光っていた。
彼にも慕ってくれる妻がいるのだろうかと思った。
この店でこんなDVDを借りていても、妻は心から愛してくれているのだろうかと。
「もう、畳もうかと思う」
店長がそう言ったのは11月の暮れだった。
「寂れた個人経営のレンタルDVDなんてね、もう誰も求めちゃいないよ。君も長く働いてくれてありがとうね」
俺は最後の給料を茶封筒で受け取り、店を後にした。
それからしばらくして店は解体作業に入り、気づいた頃には真新しいカフェができていた。
韓国風のシックなカフェで、スマホを構えて並ぶ若い女性たちで溢れかえっていた。
翌年の4月、俺は無事、地元の小さな工場に就職した。
そのうち仕事が忙しくなり、ゲームにもログインしなくなった。
俺を好きだと言ってくれた相方のことも次第に忘れていった。
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書き溜めたものがいくつかあるので、順次アップしていけたらと思います。