婚約破棄を言い渡されたわけですが、絶対にNOと言ってやりました。
「アニ。こんな時に何だが、婚約を解消したい」
「はぁ」
とある王国。名前はどうだっていい。王様がいて、数千万の民がいる。それくらいには大きな国だ。
豪華なシャンデリアが照らすレッドカーペットの敷かれた王広間に呼び出されて、私は国王陛下の前、周囲の目のある中で彼にそう言われた。そう、私の名前はアニ。
王座の前で、眼の前の彼、第一王子アーヴェルは青い顔をしていて、申し訳無さを孕んだ顔で苦しそうに続けた。
「突然の話ですまない。しかし、どうにか聞き入れてもらいたい。ルーン地方への手配も済んでいる」
私はしばし考えた。
「……私が嫌いになりましたか? 例えばこの肌の色?」
「そんなわけがあるか。そなたの褐色の肌はこの世のものとは思えないほど美しい」
「では、この髪の色?」
「銀髪は好きだ」
「性格? それとも、歳でしょうか?」
私は言ってしまえば年増であり、どちらかというと行き遅れに当たる。
「そんなはずがないだろう。君の性格は私を鼓舞してくれる。それを言い出したら私のほうが歳をとっている」
確かに。彼は私よりも年上で、王子と言ってはいるものの、結構なお歳だ。しかし国王陛下はまだまだ長生きするだろう。
「では、何なのです?」
「……」
彼は押し黙ってしまった。
私は腕を組み、彼をあざ笑う。
「ははーん? 若いメイドに手を付けたとか、本命が別にできたとか、そういう話ですね?」
「……」
まだ彼は黙っている。周囲の視線もヒヤヒヤとしたものが漂い始めた。
ぐるりと周囲に視線を巡らせて、私はこれみよがしにこう言った。
「彼を射止めたのは誰?」
名乗り出るものは居なかった。少なくともまだ私は第1王子と婚約中。だからこそ畏れ多いのかもしれない。
「居ないのかしら?」
段々と面白くなってきた私は声を張り上げ追撃してみた。ホールに響くように。
王座の間はしんと静まり返ってしまった。私一人が笑っている。
「この茶番いつまで続けるのー?」
すると、叩くように王座の間の扉が開かれて、鉄の兜を被ったゴブリン兵団長が駆け込んできた。
ナイスタイミング。
「伝令! 勇者と名乗る暗殺集団が第2階層を突破! 第3階層で戦闘が勃発しています! 早く、避難の準備を!」
ざわりと、周囲の妖魔貴族達は戦慄した。
「つまりこういうことでしょう?」
私は、青い顔をした魔族の王子に笑いかけた。
「城が落ちる。我が魔王国も今や劣勢。しかも勇者とかいうあの戦争大好きな神が加護を与えた暗殺者がここにやってくる。だからあなたは私に逃げてほしい。そのための婚約破棄」
腕を組み、鼻で笑う。
「失礼ですわ。ちゃんちゃらおかしいですわ。ダークエルフは実力社会。そのトップに立つ私がそんなものに負けるとでも?」
言ってやって、私は手のひらに生み出した漆黒の闇から金色に輝く槍を手に取る。
「勝手に恐れて勝手に戦争ふっかけてきたのは人類のほう。放置していればいい気になって。そんな人類に、私達が引く道理はありません」
頭上で槍を一回転させ、石突きで大理石の床を強く叩くと、周囲の視線は私を見た。
首を回して周囲を見渡して、私は吠えた。
「あなた達、この国が何カ国を統合してできたのか、知ってるでしょう!? やっと、世界から種族間大戦が消えようとしている。それに横槍入れる存在の何が神様よ。勇者ごときはその走狗よ。どれだけ血を流した上にこの国が出来上がってると思ってるの。決意くらい固めなさいよ。あと1国じゃない!」
鼓舞すれば、王座で魔王陛下は声を殺して笑っていた。
私は眼の前のアーヴェルに向き直って───
「貴方がその立役者だった。アーヴェル王子。先陣を切って魔族の統一に力を入れていた。かつての我がダークエルフの血族も血は流しましたが、それでも、今は必要な過程だったと飲み込められます。やっと平和になりそうなんです。むしろ、その犠牲の上に成り立つこの国を、壊すことこそ散っていった者たちへの冒涜でしょう! 負け戦だと思ってんじゃないですよ!」
───怒鳴りつけた。
すると、彼は帯刀した刀の鞘を左手でつかみ、決意を込めた眼差しで私を見据える。
そんな彼の頬を撫で、額から伸びた角を撫でる。角を他人に触らせるのは魔族の中では最愛の仕草だ。
「私は逃げません。私は戦います。あなたの隣で」
そこまで言ったところで、王座から魔王陛下は立ち上がり、豪快にアーヴェルを笑った。
「いやいや全く。アーヴェル。【死神の散歩】とまで言われたお前が恐れるとは、お前の婚約者は相当な難物だな。さすが【紫電のアニ】」
「はい、父上。そこに惚れました。私は臆病になっていたようです」
「ならば、果たさねばな。世界統一。人類ごときに負けてられぬ」
続いて、魔王陛下は私以上の声の大きさで囲んでいた妖魔貴族に声をかけた。
「たとえ勇者一行が一騎当千であろうとも! この場にいるそれぞれが一騎当千であることはこの私が保証する! あとは足し算掛け算の問題よ! 各員、抜剣ッ!」
しゃらんとその場に居た妖魔たちが武器を引き抜くと、次の瞬間、王の間につながるドアが、蹴り開かれた。
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