伝染する怪異
私の記憶にある最初の恐怖体験は、これだったのではないだろうか。
私が大学生の時。片道1時間半という道のりを毎日毎日電車で通学していた。
スマホも動画配信サービスもないような時代だ。
暇潰しの小説が旅のお供だったのだけれども、丁度一冊読み終わってしまった。
仕方なく駅の売店を物色していると、一つ目についた漫画があった。
表題は
『稲◯淳二の怖い話』
他に目ぼしいものもなかったし、怖がりなわりに怪談が大好きな私は、それを手に取って電車の中で読むことにした。
なかなか恐ろしいなぁ、なんて思いながら読み進めていくと、こんな題名が目に飛び込む。
『伝染する怪異』
何の警戒心もなく、私はページを開いた。
話の内容は、友人から実際に体験した心霊話を聞いた女性が、そっくり同じ内容の恐怖体験をする。というものだった。
最後の締め括りには、これを読んだあなたの元にも、同じ幽霊が現れる…かも。みたいな事が書かれていた。
んな馬鹿な、幽霊さんだって身体一つやろ。
と思いながらも、私は本を持ち帰らずに捨てた。
何となく、手元に不気味な物を残すのが嫌だったのだ。
帰りついて、ご飯を食べ、お風呂に入る。
眠る頃には、私は本のことなどすっかり忘れていた。
部屋の布団で横になる私。さて、寝よう…と目を閉じたが、寝付けない。
困ったなぁ
おかしいなぁ
と思っていたら
ドタドタドタドタドタッ
と廊下を走る音がした。
何事かと思いながら扉の方を見る。
ちなみに、私の部屋はリビングから真っ直ぐに伸びた廊下の正面に配置されている。
お陰で廊下の音はよく聞こえた。
足音はその一回だけで終わった。
再び家の中は静まり返った。
私は『家族の誰かがトイレにでも行ったんだな。』と納得して、扉から目を離す。
しばらくすると、私は寝付いていた。
そして何事もなく目覚めてから、はた、とおかしいことに気が付いた。
まず一つ目は、私の家は集合住宅だから、走るのは厳禁になっていた。
しかも、母が家族全員に厳しく申し渡しているので、みんなちゃんと歩いている。
夜中に誰かが走ることなど、まずあり得ない。
そして二つ目は、トイレに行ったなら水を流す音やら、引き返していく足音やらが確実に聞こえるはずだ。
なのに、足音は一回しか聞こえなかった。
他の音も、まったくしていない。
ここで、私はようやく思い出した。
「伝染する怪異だ…」
気付くと同時に、初めてゾッとした。
ちなみに、漫画の内容はこうだ。
恐怖体験を友人から聞いた女性が、帰宅する。
すると、夜中に一階から二階に通じる階段を駆け上がっていく足音を聞いたそうだ。
何事かと思って自室の扉を開くと。目の前には男の幽霊が逆さで立っていた。
驚いた女性は、そこで記憶を失ってしまう。そして次の日床で目覚め、初めて友人と同じ体験をしたことに気付いて愕然とした。
という話だった。
一先ず私は家族に昨日廊下を走ったか聞いてみたが、誰も走っていないとのことだった。
私がもしも扉を開けていたら、逆さの男が居たのかもしれない。
そんなことを思うと、項の辺りがぞくぞくする。
あまりにも怖かったので、うちの家は階段がないから廊下を走ったんだな。階段じゃなくてもいいんだなぁ。
などと、くだらない事を考えて現実逃避したのを、いまだに覚えている。
以上が私の中で、ちゃんと怖い体験した。と思える最初の内容だ。
他にもぼちぼちあるので、また話していこうと思う。