後編:盟主ジュリアン
俺は竜人の住む山々を統治する有力者の家系に生まれた。亜人族と呼ばれる俺たちには、獣人もいれば竜人、鳥人などもいて、それぞれ独自の生活様式を持っている。だから一つの国家を作ることなく、それぞれの種族の有力者が集まってゆるやかな連合を形成していた。
だが亜人族の土地にオリハルコンの鉱脈が見つかって、人族の隣国との関係が一変した。あちらは統率された騎士団を持っている。俺たちも団結する必要があった。
「で、なんで俺がリーダー?」
各種族の有力者が集まった場で、一番若い俺が「多種族連合同盟の盟主」とやらに指名されたのだ。親父が腰痛を理由に早く家督をゆずったため、俺は成人したての十五歳だった。
「竜人族は魔力量が多くて強いだろ?」
「その魔力を生かしてリーダーにやって欲しい仕事がある」
「この水晶玉をのぞいて、人族の国がきな臭い動きを始めたら教えてほしいんだ」
それで俺は十年前、水晶玉に魔法をかけて聖ラピースラ王国を偵察する仕事を始めたのだ。
一年ほど経ったころ、水晶玉に十歳くらいの少女レイチェルが映った。将来の王太子妃にして、人族にはあり得ないほどの力を持つ彼女を、警戒する必要があった。
初めは、次期聖女として教育される彼女を監視しているつもりだった。だが毎日水晶玉をのぞくうち、両親に化け物扱いされても自分の力を生かして人の役に立ちたいと願うその心に打たれてしまった。
「俺が彼女を守ってあげられたらいいのに……」
会ったことも話したこともない少女に対し、俺は兄のような気持ちになっていた。
神殿に閉じ込められてからも、王国民のために一心に祈る彼女の心の美しさに、俺は尊敬に似た思いを抱くようになった。
手を差し伸べてあげたくなる少女だったレイチェルは、この七年間の間に強く美しい女性に成長した。
今、俺の目の前に置かれた水晶には、聖ラピースラ王国の宮殿が映っていた。謁見の間で、国王と王太子を前にレイチェルが物申している最中だ。
「彼らは野蛮なドラゴンや恐ろしい魔獣ではありません! 姿かたちは多少違いますが、私たちと同じ人間です! オリハルコン欲しさに彼らの土地を荒らすなんて、許せないわ!」
「「「聖女様の言う通りだ!」」」
騒いでいるのは聖騎士団だけではない。驚いたことに王都の民衆までが謁見の間に詰めかけていた。
「国王と王太子をひっ捕らえろーっ!」
王都民が叫ぶ。
「私たちをだまし続けた悪人を火あぶりにしろーっ!」
聖戦のための我慢だと信じて、貧しい生活に耐えてきた民衆の怒りが爆発する。
「王都引き回しも付けろよ!」
「両手いっぱいの石を投げつけてやるぜ!」
彼らにとって公開処刑は恰好の娯楽なのだろう。
「オリハルコンの鉱脈なんて初めて聞いたぞ!」
「王族だけで独占するつもりだったんだろう!?」
聖騎士の一人がレイチェルに声をかけた。
「聖女様! 国王と王太子を捕らえる命令を!」
レイチェルは一瞬、目を伏せた。優しい彼女は、彼らを火あぶりにしたくはなかったのだろう。だが命をかけて戦った聖騎士団を前にして、反対はできなかったようだ。美しい瞳に、強い意志が宿った。
「国王陛下と王太子殿下をとらえなさい!」
「「「はい、聖女様!」」」
悲しげなレイチェルの横顔を見ていられなくて、俺は水晶玉から離れた。
窓際に立って庭を見下ろすと、狼人族のルーピ氏が入ってきた。
「彼女を行かせてよかったのか?」
俺がなぜレイチェルを止めなかったのかと訊いているのだろう。
「ジュリアン、あんた聖女さんのこと好きだったから、彼女が国外追放になったときここに呼んだんだろ?」
その通りだった。俺がみんなに頭を下げて転移魔法に協力してもらったのだ。魔力量の多い竜人とはいえ、俺一人では発動できないから。
「国に戻したら、もう帰ってこないじゃないか……」
「彼女をここに閉じ込めておけと?」
俺はルーピ氏を振り返った。
「いや、すまない。あんたたちに手伝ってもらってせっかく呼んだんだよな。だけど――」
俺は水晶玉を振り返った。
「あの行動力こそ彼女らしさだ。この七年間、神殿からほとんど出られずに、ずっと自由がなかった彼女を自由にしてあげたかったんだ」
「ようやく逢えたのに、それでいいのかよ?」
俺はうなずこうとした。だけどできなかった。未練がましいが、本当は彼女をそばに置いておきたかった。
「あの子の幸せより自分の幸せを優先したら、そんなの愛じゃないだろ?」
俺は無理やり笑った。
「見ているだけでいいんだ。この十年間、ずっとそうだった。君は一生、俺のアイドルだから――」
◆
数日後、俺の寝起きする「連合同盟官邸」の表がにわかに騒がしくなった。
あの日以来、俺は水晶玉に布をかぶせて使わないようにしていた。気持が落ち着くまで、彼女を見るのはやめるつもりだった。だって大好きなレイチェルと生で会ってしゃべった刺激が、あまりに強すぎたから――
「開けて下さいなー 戻りましたわー」
どこからともなく、愛する人の声が聞こえる。幻聴か?
「ジュリアン様ー、いらっしゃらないのですか?」
「おかしいなぁ、いつもこの時間はいらっしゃるんだが」
幻聴に誰かが返事をしている。――てことは幻聴じゃない!?
勢いよく執務机から立ち上がって、俺は窓際に走った。
「レイチェル!?」
見下ろすと彼女が玄関前に立っていた! 横には馬車と車夫の姿。
ドタバタと階段を駆け下りて玄関ホールに降り立つと、少し息を整えてから扉を開けた。
「な、なんで、またここへ――?」
息を整えたはずが、うまく言葉が出てこない。
レイチェルは少し困ったようにほほ笑んで、
「いけなかったでしょうか?」
「そんなわけない! でも君は自分の国に帰ったのに――」
「わたくしは親元に居場所なんてないのです」
「うん、それは知って――」
俺は二の句を飲み込んだ。間違っても水晶玉でのぞき続けた危ない男だとは思われたくない。
レイチェルはちょっと首をかしげたが、
「次期国王には処刑された国王陛下のいとこである女公爵様が即位されますし、聖女は妹のクロエが務めますの」
あの妹が、神殿にほとんど幽閉されて生きて行けるのだろうか? 派手なドレスを見せる相手もおらず、一生舞踏会にも出られない日々だ。訊いてみたいが、俺がクロエを知っているわけはないのでやめておく。
「というわけで、わたくしには帰る場所がないのです」
「君の家はここだ」
俺は即答していた。
「俺が連合同盟の盟主を辞めたときには、一緒に俺の故郷に帰ろう。そこに二人で暮らす家を建てるから」
レイチェルはうふっとかわいらしく笑って、いたずらっぽい上目づかいで俺に尋ねた。
「それはプロポーズですか?」
し、しまったぁぁぁっ! 俺にとっては十年来の恋だが、レイチェルにとっては数日前会って話しただけの他人じゃないか! しかもほとんど男子禁制で育てられた清らかなレイチェルにとって、いきなりプロポーズなんて恐怖体験では!?
「す、すまん…… 忘れてくれ」
俺は両手で顔を覆って、なんとか声を絞り出した。
「忘れたくありませんわ!」
「え……」
「あなたは初めて会ったときから、十年来の親友のようにわたくしを理解してくださいました。そんな方、きっとどこにもいらっしゃらないもの!」
そりゃあ君を四六時中のぞいてる危ない男なんて、俺以外にはいないだろうなぁ。
心優しいレイチェルは、俺のプロポーズを受け入れてくれた。
「――というわけで、俺たちは結ばれることになった」
各種族の族長たちに報告すると、
「我々亜人の地域にいてくださるのですか?」
「それは助かる!」
「我々は魔力量が多いとはいえ、聖魔法は苦手でして……」
「レイチェルさんがいてくれれば医者いらずですな!」
みんな手放しで喜んでくれた。俺の恋が実ったことについてではなく、偉大な聖女であるレイチェルが我々の土地に住んでくれることに対して。
「今後も私の聖魔力を役立てられるのね! とっても嬉しいわ」
それが彼女の本心であることは良く分かっている。だが、言っておかねばならない。
「レイチェル、俺は君に聖女の力があろうとなかろうと、君が好きだ!」
見る見るうちにレイチェルの頬が朱く染まってゆく。いとおしい彼女を抱きしめようとしたとき――
「ジュリアン、そういうの二人きりのときにしてくれよ」
ルーピ氏がニヤニヤしているのに気が付いた。
レイチェルは控えめに目をそらしながら、
「あの、ジュリアン? 私は異常に魔力が多いのですが、そこは大丈夫でしょうか……?」
「ん? 人族の異常値って俺たち竜人族なら普通だよ?」
獣人の皆さんもうなずいている。
「はっ、そうですわね! 私、ここでは化け物じゃないんだわ!」
「当たり前じゃないか。多種族連合ではみんな違うのが当たり前さ!」
「素敵! ここが私の居場所になるのね!」
俺の首に飛びついて来たレイチェルを、俺はぎゅっと抱きしめた。
「そうさ。いつだって俺の腕の中が君の居場所だよ!」
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同一世界観の長編ファンタジー『精霊王の末裔』シリーズもちらっと覗いていただけると、作者が喜びます!
この短編から約200年後―― ジュリアンの子孫かもしれない竜人族の少年と、レイチェルの子孫かもしれない聖ラピースラ王国の公爵令嬢が出会い、恋に落ち、旅をする物語です。
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