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カマキリの小次郎

小次郎は風の心地良さに苛立ちを覚えるようになった。


それもそのはず、かれこれ三日間何も食っていないのである。獲物を捕らえようにも、雨のせいで見つけることすら出来なかったのだから、仕方ないといえば、仕方ない。だが、それを身体がはいそうですか、と許してくれる訳ではない。飯を寄越せ、飯を寄越せと喧しく喚くのだ。


「分かったから黙ってろ」小次郎は自分に言い聞かせた。「待てば今に飛び立つ虫もいるさ」


辺り一面は草原が広がり、様々な色の花がその緑を彩っていた。太陽は前日までの遅れを取り戻そうとしているかのように、強く明るく大地を照らしていた。その光を反射するある雫は、葉っぱの上を滑り台のように滑り降り、その先端にきて突然真下へ進路変更し、ピタッ、と小次郎の背中に着地した。不意のことにビクッ、と反応し、警戒を示す小次郎であったが、背中に染み入る冷たさに気付き、またかと呆れるのであった。


こうしたことが二度、三度と続くので、

「少し場所を変えた方がいいな」と思うものの、「この花を見張っておきたい」ので辛抱を選ぶのだった。この黄色い花に執着するのは、他の花よりも比較的立派で、かつ接近しやすいと見ていたからである。それにここ数日の雨のことも考えれば、自ずと獲物はやってくるだろうという、確信が小次郎にはあった。


「チョウかハチかはたまたそれ以外か」獲物は何が来るだろうかと考えていた。「ハチならいい。肉がしっかりしているから、この上は小型でも構わない。でもチョウは嫌だな。翅で大きく見えるだけで実際は全然食うところがない。腹の足しになるかも怪しい」


小次郎はしばらくこの花を見つめていたが、未だに来る気配はないと見て、己の鎌を手入れし始めた。三日間、仕事という仕事をしてこなかった鎌であり、小次郎には少々不安であったので丁度良かった。ただ、自分はこの花の茎にいるので、あまり目立たないよう、いつもより小さい動作を心がけた。


「うん、問題ない」自分の鎌はいつも通り仕事ができると結論づけた。「あとは祈るばかりだな」

このあとは再び鎌を胸元に折り畳み、お祈りをするような姿勢をとった。準備万端だった。


するとその近辺を飛び回るチョウが一瞬目に映りこんだ。全体的に薄黄色で後方には赤や青の模様がうっすら見えた。しかも、シジミチョウよりも二回り以上大きい。


「アゲハだ」小次郎は呟いた。その大きさから腹の足しにはなると感じた小次郎は期待と高揚に今にも襲いかかりたかったが、「まだまだ、遠い」と言い聞かせ、射程圏内に来るまで待つよう自制した。


横目でアゲハを伺う限りでは、花の味見をしながら少しずつ近づいているようだった。そして、とうとうこの花に着地したのだった。


「ようし、やるぞ」小次郎はついに動き始めた。弱々しい風が吹いていた。その風の動きに合わせ、自分もゆらゆらさせながらアゲハとの距離を詰めていった。


一方のアゲハは花の蜜に夢中であった。その美味しさを堪能し、ストローを差しながら愉快に翅を羽ばたかせていた。


そのとき、アゲハは突然頭部と腹部を花に押さえつけられた。突然の拘束に慌てて逃げようとするも、それ以上に強く固定されて動けなかった。何が起こったかだけでも知ろうと目を配っていると、胸部に激痛が走った。そこを見ると、緑の逆三角形が嬉しそうに自分の筋肉を引きちぎっているのが分かった。もうだめだ、アゲハは諦観した。あとはただ、力が抜け、なすがままにされるばかりであった……。


「こりゃうめぇ」なかなかの味に小次郎は満足していた。量は胴体だけでは少し物足りず、翅にも手をつけてみたが、まずくてすぐに吐き出した。食えない、と分かったのでそのまま捨ててしまった。捨ててしまってから翅の筋みたいなところは美味いのではないか、と思考が巡り、しばらく後悔していた。


そのうちまた一匹飛んで来た。今度はミツバチのようだった。他の花には分け目も振らず、一直線にこちらに向かってきた。


それに気づいて小次郎はすぐさま手入れと準備を済ませた。ミツバチが着地した瞬間、鎌で再び、頭と腹をガッチリを押さえ込み、すぐさま食事にかかった。先程の後悔は既に忘れられていた。


元の姿が分からぬ程食い尽くし、少しは腹が満たされるのを感じた。

「あと一匹、今のミツバチくらいでいいから欲しいな。それが食い終わったら、ここを離れるとしよう」とこれからのことをうっすら考えてた。


小次郎は三度手入れと定位置への移動を行い、この花を睨みつけていた。


しかし、なかなか獲物は来ず、花の色は徐々に暗くなり、やがて影で覆われ黒くしか見えなくなった。日が暮れてしまったのだ。


「ちぇ、店仕舞いか。」小次郎はがっかりした。「さてこれからどうしようか」


取り敢えずと言わんばかりにこの黄色を失った花から降りた。


「ありがとう、美しい花よ」


そして、小次郎は気の向く方向に歩を進め、闇の中へと消えてしまった。

最後まで読んで頂きありがとうございました。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 小次郎、なかなかの達人カマキリですね。 虫を淡々と仕留め、食し、それでいて花を愛でる生き様が格好いいです。
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