プロローグ
※労働基準法の知識として誤っている部分がありましたら申し訳ありません。
「あぁ、これで終わった…」
右手の剣は確実に魔王の腹部を貫いており、血液とも言えぬ禍々しい何かが手を伝っていた。
貫かれている魔王は言葉とも言えぬ言葉を発しながら徐々に黒い気体となっていった。
王より勇者として魔王討伐を命ぜられ、数々のダンジョンやモンスターを仲間達と乗り越えてきた。
「やったのか!?」
「勇者!!!」
戦士のリューイ、白魔道士のアリア、召喚士のリリが駆け寄ってくる。魔王を討伐したというのに皆の表情は暗い。何故なんだ。
「どうしよう、もう回復する力も残ってない…」
「転送もここでは無理よ…」
「マジかよ…折角…折角倒したのによ!!!」
口々に何かを言っている。そして彼らの目線は私にではなく私の腹部に集中していた。
そこには魔王と同じように何かが腹部を貫き、血液が止めどなく流れていた。
あぁ、皆これのことを言っているのか。確かにこの傷は致命傷だ。しかもここは魔王の城。転送魔法は当然出来ず、回復魔法を唱えるだけの力はもう残ってないだろう。当然回復アイテムなんてない。
しかし魔王討伐の約束は果たされた。もう世界も平和になるだろう。
意識が遠のいて行く。
「待って!待って勇者!目を開けて!」
もう無理だ。疲れてしまった。
「なんで、なんで何だよ…!」
いいんだ、世界が平和になればそれで…
「平和になった世界で一緒にギルドを開こうって約束したじゃない…」
そうだ、確かに約束した。平和な世界でギルドを開いて沢山の冒険者を導くのが次の夢だった。でももうそれは…
こうして私は勇者としての一生を終えた…
はずだったのだが、何故か私は今「株式会社ギルドンドン」の入社式に参加している。真新しいスーツに赤いネクタイ。履き慣れない革靴を履いて椅子に座り社長のスピーチを聞いている。周りには100名ほど同じような出立ちの若者がいる。
あれ?なんだ?どういうことだ?
記憶が交錯する。
そうだ、俺は「田中勇者」。新卒で人材派遣業のギルドンドンに入社したのだ。
ゴリゴリのヤンキーだった親父がノリノリでつけたこの「勇者」という名前のおかげでグレてしまい当然のFラン大学へ。さらに名前と学歴で就職活動に苦戦し、辛うじて内定をもらえたのが、このブラック企業として名高い「ギルドンドン」だった。
前世は勇者として職務を全うし、転生しても勇者なのか。最近流行りの転生ものと違わないか?
というか、前世であんなにも頑張ったのだから、もう少しいい感じで転生させてくれてもよかったのでは?
っつーか、異世界転生ならチート能力とか、女神のナビゲートとか、美少女とかじゃねえの!!??
過去と今の記憶や想いが交錯しながらも、色々整理がついてきた。
そして前世では叶わなかったギルドを開き、皆を導く事を今世でもできることに少しだけ嬉しい、という結論に至った。いや、無理矢理至らせた。
勇者が少し微笑みながら拳を握っていると社長が勇者の方をみた。
「では、新入社員代表挨拶をお願いする。呼ばれた者は前に出てきてくれ。新入社員代表『田中勇者』君!」
その言葉に勇者は力強く立ち上がった。
そしてその名前に周りの新入社員が騒めいた。
勇者は立ち上がりこう答えた。
「え?まじ?聞いてないっス!」
こうして勇者の新しい冒険が始まったのだ。
勇者の冒険はまだまだ続く。