私の困惑
「で、昨夜はお楽しみでしたか?」
「ノーコメント」
朝食の席で会ったさおちゃんの質問に対し、回答を拒否する私。どうせ言わなくたってわかってるくせに。
だって七ヶ月ぶりなんだよ? そりゃ健康的な男女ならさ……。
雫さん達が気を利かせてくれて私はキングサイズのベッドがある広い部屋に一人で宿泊。そこに無限は朝まで一緒にいて、ついさっき選手村へ帰って行った。
つまりはそういうこと。
「あーあ、私も勇馬と一緒に来たかったな」
「残念だったね、勇馬君来られなくて」
「まあ仕方ないわよ。お医者さんになるのって大変みたいだし」
「姉は警官、弟は医者。御剣兄妹も目標が高いよね」
「ねえ?」
かくいうさおちゃんも世界的大企業カガミヤでの正式採用を目指してるわけだから十分凄いんだけどね。
朝食はビュッフェ形式。いくつか食べたいものを取った私達は父さん達と同じテーブルにつく。
「お邪魔します」
「沙織君とは長年の付き合いだ、今さら遠慮はいらん」
「ありがとうございます。って正道、そんなに食べられるの?」
「食べるっ」
取り放題だからって食べたいものを片っ端からお皿に積み上げて来たうちの弟は物凄い勢いで料理を口に突っ込んでいく。ああもう、二年生にもなってボロボロこぼして。このホテルの人達にもだけど、職業柄担任の先生に申し訳ない。
「逆に柔はそれで大丈夫なの?」
美雨ちゃんにごはんを食べさせながら心配する時雨さん。妹の方はいつも小食。今朝もヨーグルトとオレンジジュースだけで済ませたみたい。
「わたし、省エネだから」
「正道に食欲の大半を持っていかれたのかしらね」
おっとり苦笑するママ。そうなのかな? 正道は父さん似だから、よく食べてよく育つのはわかるんだけど、ママだって別に小食じゃないし。
「……柔は歩美みたいになりたいんだね」
「!」
穀雨さんの指摘にぎくっと肩を震わせる柔。
「私みたいに?」
「体型を維持しようとしてるんだろう? 少しでも近付きたくて」
「ど、どうしてそれを」
「見ていればわかるさ」
微笑む穀雨さん。恥ずかしくて俯いちゃう柔。なるほどそういうことか。なら勘違いを正してやるのも姉の務め。
立ち上がって近付き、柔の肩を軽く叩く。
「お姉ちゃん、あれだけじゃ足りなかった。一緒におかわり取りに行こう」
「でも……」
「大丈夫だって。あたしと最初に会った頃のあゆゆなんてね、男の子と間違われるくらいがっちりしてたよ。よく食べてよく遊んでよく寝て、そうやって健康的に成長していった方が近付けるの。あゆゆマイスターのあたしが言うんだから間違いない」
「マイスターって」
ま、そういうわけだから気にしなくていいんだ。
「お姉ちゃんとしては柔が健康でいてくれる方が嬉しいよ。さ、おいで」
「うん……」
やっと立ち上がる柔。途端にお腹がグゥと鳴った。
ほら、無理してたんじゃん。
「育ち盛りなんだし、いっぱい食べようね」
「お姉ちゃんもね」
「私も?」
成長期はとっくに過ぎたよ?
「お姉ちゃんさいきん元気ないから、たくさん食べて元気になって」
「……そうだね」
妹にまで心配させてたんだな。天井を見上げ、涙ぐんでしまったのを隠しつつ柔の手を引いて歩いた。
本当に反省しなきゃ。
二日目はさおちゃん達だけでなく、家族とも一緒にあちこち見て回った。雫さんの手配してくれたリムジンやヘリに乗ってブリスベン中を観光。いくつかの競技も観戦した。
夕方、気になって学校に連絡を入れると、特に何事も無いという返信が日直の先生から返って来る。気にせず観光して来てだって。
谷川君にもメッセージを送ろうか迷ったが、まだ何を言ったらいいのかわからず、結局保留にした。私、あの子との約束を……。
夜、一日中遊び回ってへとへとになって帰って来たのにホテルの中でさらにさおちゃん達と女子会。深夜までずっと私の部屋に集まって喋っていた。挙句そのまま雑魚寝。
今日は無限が来ないってわかってたからね。いよいよ明日大事な試合。こんなところに来てる場合じゃない。
ただ、メッセージは送った。明日は全力で応援するからって。
窓の外を見る。今夜は月が綺麗。あいつも見てるかな?
パパ、パパは今でも私の傍にいてくれてる?
(私、どうしたらいいと思う……?)
忘れようと思った。この旅行中だけはさおちゃん達に言われたように学校のことを考えないようにしようと。家族にだって心配かけたくない。
でも、やっぱり駄目だよ。どうしても考えちゃう。
学生時代の私は先生になることを目標にしていた。そして、その目標に手が届いた後でやっと理解出来た。それだけじゃまだ夢は叶っていないと。ここはまだゴールより遥かに手前の中間地点。なのに、ずっと足踏みしてしまっている。
パパ……私、良い先生になれるのかな?
翌日、私達はいよいよ本命の試合会場へ。
「うわー、オリンピックだ。本当にオリンピックに出場してるんだよ木村君」
「すごいなあ、これでメダルを獲れたら神住市のヒーローから一躍日本のヒーローだね」
「あの馬鹿がねえ……」
「木村先輩のくせに生意気です」
「二人とも、今日ばっかりは素直に応援してあげて」
まあ、さおちゃんと鼓拍ちゃんの場合いつも通りでいてくれた方があいつも調子が狂わなくていいって言いそうだけど。
「わざわざ息子の為にこんな遠くまで、ありがとうございます」
「いえいえ、木村君にはいつもうちの娘がお世話に」
「おめでとうございます」
「き、気が早いですよ麻由美さん。まだ、まだこれから試合開始です」
父さん達は木村のご両親と挨拶を交わしている。あの二人は法事があったとかで今朝の便で遅れて到着した。私も挨拶しなくちゃ。立ち上がって駆け寄る。
「お久しぶりです、おじさん、おばさん」
「おお、歩美ちゃんっ」
「ますます美人になって。弓月の小学校で教師をしてるんでしょ?」
「はい、一応……」
「一応だなんて謙遜しなくていい。立派なもんだ。君なら安心だよ」
「安心?」
「あなたっ……気にしないで、それより一緒に応援しましょ」
「あ、そうですね。こちらへどうぞ」
「うむ、歩美の隣へ」
「大塚さん、沙織ちゃんもいるじゃないですか。私達は反対側に並んで座ります」
「む、そうですか」
というわけで、おじさんとおばさんは私を挟んで沙織ちゃんとは反対側の席に着席した。ちなみにこのあたりの席は全部身内。さらにその後方に無限の大学の人達や後援者、それから同じ日本代表の選手の皆さんが並んでいたりして大応援団を形成している。
「おい、あそこにいるのが例の……」
「写真より美人だな……」
「頑張れよ木村。一回戦や二回戦で負けたらかっこつかないぞ……」
「?」
後ろから視線を感じる。振り返るとテレビで観たことある選手達が一斉に目を逸らした。てことは、やっぱり私を見ていたのか?
おじさん達の妙な態度といい、もしかしてあいつ何か企んでるんじゃ? そんな危惧を抱いた時、隣のおばさんから肩を叩かれる。
「歩美ちゃん! 来た! 無限が出て来たわ!」
「おお、気合入ってるじゃん」
流石に応援モードに切り替えるさおちゃん。他の皆も試合会場に姿を現した無限に声援を送る。
「集中しろよ木村あ! 一本だ!」
「勝利を掴め!」
「木村先輩! 歩美先輩が見てる前で負けたら承知しませんよ!」
「にーちゃーーーーーーーーーーん!」
「がんばってーーーーーーっ!」
正道と柔の良く通る声が届いたのか、こっちに振り返る無限。私の姿を見つけて右手の親指を立ててみせる。
その視線を辿った場内のカメラが私の姿を巨大スクリーンに映し出した。途端に会場中が息を飲む。
「Wow!!(わおっ)」
「Beautiful!(綺麗な子ね)」
「wunderschön……(美しい……)」
「真羡慕你」
「大注目」
「こ、これ……世界中に放送されてるんだよね?」
「ははは、大塚君の美がついに世界に知れ渡ってしまったよ!」
「どうせなら私のカメラで伝えたかったなー」
勘弁して。お腹痛くなってきた。




