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歩美ちゃんは勝ちたい  作者: 秋谷イル
中学生編
9/106

娘vs散髪

「だいぶ伸びちゃったな」

 前髪をつまんで引っ張り下ろす。もうちょっとで鼻の頭まで届きそうだ。そろそろ切りたいな。そう思った私は部屋から出ると、一階まで降りて台所にいたママへ呼びかける。

「ママ、髪を切りたい」

「あら、そうね、だいぶ伸びたもんね」

 直後、二人揃ってため息。

「今回は何分かかるかな?」

「どうかしらねえ……」

 ママはスマホを取り出し、我が家の真裏にある床屋さんへ電話する。

「あ、もしもし、吉竹さん?」

『おう、ヒヨコか! どうしたい?』

「ヒヨコはもうやめてくださいってば。歩美が髪を切りたいって言ってて」

『断る』

 即答だよ。

「……あの、お言葉ですけど、それがお仕事ですよね?」

『もったいねえよ、あんな綺麗な髪。ハサミを入れんの罪悪感が湧くんだって。もう少し伸ばそうぜ、なっ? 歩美ちゃんべっぴんさんなんだし』

「私は短くしたいの!」

 聞こえてたので会話に割り込む。吉竹おじさんは『え〜?』と不服そう。

『見てえなあ、ロングの歩美ちゃん。男の子はみんな振り返ると思うよ?』

「そんなんいいから」

『中身は相変わらず色気ねえなあ。もう十四だろ? そろそろさ、恋バナとかねえの?』

「駄目だママ、前の店に行くよ」

『待て待て待て待て』

 殺し文句を言った私を引き止めるおじさん。毎回散々渋るくせに、よそで切られるのは嫌なんだそうだ。

「切ってくれる?」

『若干長めに』

「駄目」

『タダでもいいから』

「ちゃんと払うんで、いつも通りにお願いします」

『ちぇっ、わかったよ。うちに来な』

「態度」

『お越しくださいませ、お嬢様! くそっ、だんだん美樹ちゃんにも似てきたな』

 たしかに影響は受けてるかも。

『頼むから、あそこまでぶっ飛んだキャラにはならねえでくれよ?』

「なれないと思います」

 ママは苦笑した。




 店内に入ると先客がいた。

「あ、小梅ちゃん」

「その名で呼ぶな」

 髪を切られてる子は内藤 小梅。吉竹おじさんの一人娘で私より一歳上。自分の名前があんまり好きじゃないらしくて、周りには「リトルプラムと呼べ」って割と無茶な要求をしてくる。

「リトちゃん」

「リートールプーラーム」

「コラ、あんまり喋んな。父ちゃんの手元が狂ったらハゲになんぞ。少し待っててくれな歩美ちゃん。コイツすぐに終わらせっからよ」

「手ぇ抜くな親父」

「ゆっくりでいいよ、時間より早く来たの私だし」

 予約は十六時。でも遅れたらなんだなと思って、少し早く来た。十五分前行動って言うしね。

「かあーっ、歩美ちゃんは真面目だね! それに比べてうちの不良娘ときたら遅刻はするのに宿題はしねえときた」

「してる! たまにZINEとかのせいで忘れちゃうだけ!」

「それが不真面目だっつうんだよ。少しは歩美ちゃんを見習え。受験生だろうがオメー」

「るっさい! 不良親父!」

 うん、まあ、おじさん見た目は金髪で日焼けしてて仕事中でもアロハシャツで色々あれだよね。

 次の瞬間、おじさんは「あっ」と声を上げた。ハサミを動かす手も止まる。

「わ、わりい小梅……」

「えっ、うそ? まさか、ちょっ、嘘でしょ!?」

 小梅ちゃんの顔が真っ青になった途端、おじさんは満面の笑みに。

「うっそで〜す! 何年人様の髪切ってっと思ってんだ。今さらそんなことでミスなんかしませ〜ん」

「クソ親父!」

「ははは……」

 いつ来ても賑やかな店だなあ。




 散髪後、小梅ちゃんがぷりぷり怒りながら奥へ戻って行ったので予定より早く私の番になった。

「あんにゃろ、まだシャンプーと顔剃りが残ってたのに」

「ねえ、それ痛くないの?」

「慣れっこよ」

 片方の頬に真っ赤なモミジを咲かせたおじさんは、にこにこ顔で私の体に布をかぶせる。カットクロスって言うらしいね、これ。

 それから前回切った時より数センチ伸びた髪をクシで漉きつつ、ため息一つ。

「あー、もったいねえ」

「また言う」

「だってよ、歩美ちゃんの髪は俺からしたら宝石みてえなもんだぜ。見なよこの艶、張り。いったいどうやってこんな美髪を保ってんだ?」

「特になんにもしてないけどなあ」

 普通に毎日シャンプーとリンスしてるだけ。どっちもメ○ットだよ?

「不思議だ。この道二十年、こんだけ綺麗な髪を他に見たことがねえ」

(そういえば……)

 ついこないだ初めて会った父方の親戚二人を思い出す。それと浮草の家のおばあちゃん。あの三人も綺麗な黒髪だった。もしかして、これも鏡矢とかいう一族の特徴?

「ともかく、いつも通りに切ってね」

「わかってるよ。引き受けちまったからにゃあ、きっちりやるって」

 言葉通りハサミが動き出す。頭のすぐ近くで刃物を使われてるのに、このリズミカルなシャキシャキって音は妙に安心するよね。眠くなってきちゃう。

 うとうとし始めた私に、おじさんは言う。

「眠かったら寝ていいよ。歩美ちゃん、毎日遅くまで勉強してんだろ?」

「ん〜、そんなに夜ふかしはしてないよ」

「家できっちり勉強するだけで褒めてやりてえよ。小梅なんかゲームしてっかSNSかの二択だかんな。まあ、たまにゃあ真面目になるんだけどよ。やらなきゃ本当にやばいって時だけな」

 そういえば、去年も夏休みの宿題を最終日にまとめてやったとか言ってたっけ……。

「小梅といや、あんにゃろう中学生のくせにもう美容院に行きてえだとさ」

「へえ、私は誕生日と七五三の時くらいしか行ったことないなあ」

「ああ、麻由美の趣味で節目節目にプロに撮ってもらうんだっけか。いいね、今度うちもやるか。髪は俺がいじるけど」

「やっぱり自分でやってあげたい?」

「せめて高校生になるまではなあ。まあ、早くも来年のことだけどよ」

 ふうん、そういうものか。おじさんも色々考えてるんだね。

「歩美ちゃんも、そろそろ美容院に行きたいとか思うかい?」

「ん~、私はいいや。いつも通りの髪型にしてもらいたいし」

 前に通ってた床屋さんになら、たまに行きたいって思うけどね。優しいおばさんだったんだ。

「そうかい、そりゃ嬉しいね」

「うん……」

 あ、本格的に眠くなってきた。ここんとこ色々あったから疲れてるのかも。

 まあいいか、寝ちゃえ。

 ぐう。




 目を覚ますと、ちょうど終わるところだった。

「んあ」

「起きたかい、仕上がりはどう?」

「うん? いい……ね?」

 鏡で自分を見た私は、一瞬納得しかけて、すぐに違和感に気付く。

「なにこれ?」

 左右の髪が凄いことになってる。友美ちゃん風に言うと、お姫様みたい。

「へへっ、サービスで編み込みにしてみた。どうだい器用なもんだろ?」

「これ、ほどくといつもの髪型なの?」

「そだよ。歩美ちゃんくらいの長さでもプロにかかりゃこんなもんさ。でも嫌ならすぐに戻すぜ?」

「う~ん」

 迷うフリをする私。だって似合うとは思えない。でも内心ではドキドキしてた。

 こんな私も、たまにはいいよね?

「ありがと、このまま帰ってみる」

「やり方も教えようか?」

「自分じゃ無理だと思う。まあ、明日学校でみんなを驚かせたら満足かな」

「またやって欲しかったらいつでもおいで。編み込むだけならタダでいいからよ」

「小梅ちゃんにもやったげればいいのに」

「反抗期で任せてくんねえんだ。まったく、小さい時はいつもオレがやってたのにな」

 おじさんは寂しそうにため息をつき、カットクロスを外した。




 次の日、登校すると──

「木村! どうした木村ァ!?」

「梶浦……オレ、生まれてきて……良かった」

 木村がまた倒れた。あいつサッカーと柔道やってる割に虚弱すぎない? おばさんの話だと病気ではないらしいのに。

「やれやれ」

 さおちゃんは呆れ顔になった後、振り返ってサムズアップ。

「その髪型、イイね!」

「ありがと」

 やっぱり編み方教わろうかな? この日、私はずっと上機嫌で過ごすのだった。

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