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歩美ちゃんは勝ちたい  作者: 秋谷イル
完結編

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私と小学校

 私、大塚(おおつか) 歩美(あゆみ)は昨年の春に短大を卒業。そしてすぐ故郷へ戻り、実家から車で二時間の距離にある弓月(ゆみづき)市の小学校で働き始めた。同じ県内とはいえ神住市からは遠すぎるため現在はアパートで独り暮らし。

 教育実習生として別の学校で働いた時にも思ったが、実際に教師になってみて強く実感したのは本当に忙しいということ。朝早く出勤して一日の予定や連絡事項が書かれた日報を確認したら次は教室までカーテンを開けに行き、夏場なら冷房、冬場なら暖房もセット。それからまた職員室に戻って授業の準備。

 授業が始まったら、もう休む時間なんてほとんど無い。自治体もしくは公立か私立かによっても違うんだけど、うちでは担任が全教科を教えなくちゃならない。だから休み時間に入ったらすぐに次の授業の準備。時にはトイレに行く暇さえ無くて我慢しながらなんてこともある。


 昼休み、やっと少しだけ余裕ができる。


(低学年の担任じゃなくて良かった……)

 小さい子達は好き。でも去年から散々一年生や二年生を担任している先生方から苦労話を聞かされてきた。あの人達は給食の時間もただ食べるだけでなく、食事のマナーを指導しながら過ごすことになる。低学年を担当すると子供が、特に男子が嫌いになりそうだと言っていた。男の子はふざけるからね。うちの正道(おとうと)も何度叱ったことか。

 私の担当は四年生。流石にもう食事中に注意が必要な子はいない。たまに男子が馬鹿をやるのは同じだけれど、それも本当にたまのこと。

(まあ、無限(むげん)達に比べたら大人しいもんだ)

 今も交際を続けてる彼氏。その少年時代を思い浮かべる。あいつらが小四の頃はもっと騒がしい悪ガキだった。当時の担任の先生に今さらながら同情する。私が奴等の担任じゃなくて本当に良かった。

 と言っても、私だってゆっくりはしてられない。すぐに食事を終えて仕事を再開すると、案の定何人かの子達が近付いて来る。みんな女子。男子はすぐに外へ遊びに行く。

「歩美先生、今日も髪型ばっちりだね」

「そう? ありがとう」

「先生、美人だからモテるでしょ」

「先生たちの中で一人だけレベルちがうよね」

「彼氏できた?」

「秘密」

 低学年の子達は食後に一緒に遊んでとせがんで来るらしい。四年生にもなるとやっぱりそんなことはない。代わりにこういう会話が増える。

 恋愛に興味を持つ年頃なのはわかるけど、仕事させて欲しいな……。

 もちろん無碍になどできず笑顔で受け答えしていると、今日もあっという間に昼休みが終わってしまった。もう一時間欲しい。お昼寝を小学校にも導入するべきだと思う。

(なんて馬鹿言ってる場合じゃないか)

 立ち上がって生徒達に着席を促す。よし、外に遊びに出ていた子達も全員戻って来てはいるな。

「はい、それじゃあ五時間目始めるよ。みんな、国語の教科書出して」

 ほんとにさ、うちも教科ごとに担当を分けようよ……。




 放課後、職員室へ戻ってテストの採点。それから職員会議。外が暗くなり始めたけれど、まだ仕事は終わらない。教頭から頼まれた書類の作成があるし、今後の授業のことも考えないと。うちのクラスは平均点は低くない。でもやっぱり生徒によって得意不得意があるわけで、一人一人に合った指導方針を──

 あっ、もうこんな時間。先輩方がまだ残ってるけど、約束だし行かなくちゃ。

 立ち上がると目ざとい教頭が早速嫌味。

「もう帰るんですか大塚先生?」

 お歳の割にボリューミーな髪を七三分けにした、狐みたいな鋭い目付きの小柄で痩せたおじさん。それがうちの教頭。

「すみません」

「まあいいでしょう、おつかれさま」

「おつかれさまです」

 別にいいなら、いちいち引き留めないでよ。

 職員室を出て廊下へ。トイレにも寄っておこう。

 用を足したいわけじゃない。ただ、中に入って耳を澄ます。

「……」

 学校のトイレに入るたび、座敷童が声をかけてくれないかなと期待してしまう。学校が違うんだからいるはずないのに。

 それに私はもう大人になった。きっともう近くにいても見つけることはできなくなってしまっている。

 トイレを出て、照明の消された真っ暗な廊下の奥を見つめていると、聴きたくない声は聴こえてきた。いつもの浮遊霊達。


【帰ろ】

【もう、家に帰ろう】

【仕事したよ】

【あんな子、どうでもいいじゃん】

「そういうわけにはいかないんだよ……」


 だって私は先生なんだ。

 職員用玄関で靴を履き替えて外に出る。父さんが就職祝いにと買ってくれた軽自動車に乗り電源スイッチを押してモーターを始動。今は電気自動車や水素を使った燃料電池車が主流。ガソリン車やディーゼル車は滅多に見かけなくなった。

 二〇三二年だもんなあ。父さんとママが結婚して東京オリンピックが開催された年から十二年も経ってる。そりゃ世の中色々なことが変わって、私も自分で車を運転するようになるさ。

 車を発進させた私は事故らないよう注意しつつ弓月市内を走り、五分足らずで停車した。いつものコインパーキングに車を停める。

 この出費も地味に痛いんだよ……月二万くらいかかってる。これから行く家の前に停車させてもらえたらいいんだけど、向かいの家のおじいちゃんに「うちの車を出す時に邪魔だろうが」って怒られてしまうんだ。どこか無料で停めさせてくれるところがあればなあ。嘆息しながら夜道を歩く。

 目的のお宅は一軒家。青い屋根で茶色の壁の二階建て。まだ若いご夫婦が暮らしていて表札には“谷川(たにがわ)”の二文字。

 呼び鈴を押すと、すぐに奥さんが出て来てくれた。

「毎日すみません」

「いえ、担任ですから」

 頭を下げる谷川さんと頭を振る私。このやり取りも何度繰り返してきたことか。

 谷川さんについて行き二階へ上がる。今日はまだ旦那さんは仕事から戻ってないらしい。あの人と顔を合わせたのは最初に訪問した時も含めた数回だけ。もしかして避けられてるんじゃないかと疑ってしまう。子供のことにあまり興味が無いみたいだったもんな……。

 二階一番奥の部屋の前に立つとドアをノックする谷川さん。室内にいる一人息子へ呼びかける。

宗近(むねちか)、先生よ」

『入って』

 あっさり入室が認められた。谷川さんはもう一度ぺこりと頭を下げる。

「よろしくお願いします……」

「はい」

 彼女は廊下で待ち、私だけが中へ。この部屋の主はご両親が部屋に入ることを酷く嫌う。

 引きこもりの不登校児の部屋だけれど、室内はそんなイメージとは真逆の良く整理整頓された清潔な空間。毎日決まった時間に自分で掃除しているらしい。

「谷川君、こんばんは」

「こんばんは先生」

 長い髪の少年。こちらに背中を向けたまま返答。ゴムで束ねた髪もある程度整えられていて、やっぱり自分で切ってるのだそうだ。

「今日で一年と一ヶ月。頑張るね」

「そりゃ、先生だから」


 私が担任の間、二年間ここへ通い続ける。諦めず彼を説得する。

 それができたら彼は学校へ戻る。そういう約束。

 向こうが自分から切り出した条件。変わった子なんだ。


「さ、それじゃあコントローラーを持って。今日も対戦しようよ」

「……わかった」

 彼が話を聞いてくれるのはゲームに付き合っている時だけ。だからこれも仕事の一環である。私は自分にそう言い聞かせ、今日も対戦ゲームを始めた。

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