第75話 役を失った役者
【神】
人知を超えた存在。
ある意味、作者とは作品世界の人間にとっては神である。
光の届かない深海、マリアナ海溝の底も底。
そこに在るのは巨悪の居城、神を祀る神殿。
「……アレは失敗したのか……。まぁ、ヒーローになる前に、そもそもの世界が消滅になった奴では、一人じゃ彼らには敵わないのは必然か」
玉座に座る、邪悪な意思は軽い調子でそう語る。
その男の前には、幾千幾万もの老若男女、人ですらない者も含めてひれ伏していた。
そして全ての目に生きとし生けるものが持つ、生きるという意思の光が灯っていなかった。
「……何のために俺たちは生きてるのかねぇ」
ぽつりと一言呟く壮年の男。
男の言葉には感情すら感じられず、虚無とでも言うべきもの。
当たり前だ、彼らは舞台に立てなかった者たち。故にこそ役は振り分けられず、役がない彼らが感情をもって、振る舞うなど……世界の中であるはずなどない。
彼らに個としての価値はなく、群としての価値もない。
彼らは世界に生きる者として、存在することが許されないのだから。
存在しない者が個として価値がある筈がなければ、零はどれだけ集まっても零でしかないのだ。
「まぁ、そんな無価値なお前たちを使ってやるのだ、感謝しろ」
これは仕事を失った役者たち、彼らに与えられた仕事。
故にこそ、そのような者たちに敗北することは、今を生きる者たちには許されない。
「正体不明、正確な目的も不明……か」
エストが捕えた相手を確認しながらも、クレアーツィは頭を抱えていた。
彼自身はどこまで言っても一人の機械技師、言うなれば発明家にすぎない。
そもそも戦争をすることそのものが専門ではない。
突如発生した捕虜の扱いなど、到底分かるはずがない。
「困りましたわね、何を聞いても分からない、捕虜としての価値は欠片もないでしょうし」
だからと言って自由に開放するわけにもいかない、なぜなら敵の兵が一人増える。
一人や二人増えたところで、ザンバー軍団に対しては問題はないだろう。
だがしかし、レジスタンスの人々となれば話は別だ。
エクスタームという、ザンバーからすれば造作もない、薙ぎ払うだけの雑魚であったとしても、生身の人間では到底かなわない相手。
しかもそれらはただの機械人形。
人の心を持たなければ、人の頭脳も載っていない。
発展することのないソレ等ですら脅威なのだ。
「……アレに協力する人間がいるとは思いたくはなかったけど、皇国って前例があったしねぇ」
「まぁ、国のトップだったから納得は行くけど、今度は違うはずなんだけどね」
「……どちらにせよ、アレが強くなる可能性があるってことだよね?」
生きる者の、前に進もうという意思の力による、進化の可能性が成立する。
端的に言えば人が操ることで、今まで以上に強くなる可能性が在るわけであり。
彼がビートゥの元に戻ることで、その可能性が向上するのだ。
「けれど、殺しても転生して戻っちまう可能性がある」
「死んでも終わりじゃないとはなぁ……そりゃ、無限だわ」
クレアーツィが懸念していたことを口にすれば、鎧塚は苦笑いを浮かべる。
それはそうだ、死んだらそこで終わりなのが当たり前の話、強くなって蘇るなど完全にファンタジーにもほどがある。
クレアーツィ達も、可能性の一つとして考慮しているに過ぎない。
「だけど、可能性があるってことは想定しないといけないってことだ」
最悪の中の最悪にすら対応しなければならない、たった一人で世界を支配した男だ。
何が起きるのか分からない、分からないからこそ、想定できる範囲だけでも対策を講じていかなければならない。
それほどの相手が存在していることを、彼らは理解している。
「世界を滅ぼす力を手にしたとしても、まだまだ足りない……何の道具も使わずに、あいつは呼吸するように世界の壁を破壊したのだから」
現在最強の力を有しているゴウザンバーコキュートス。その最大出力であっても、世界の壁を破壊するのにそれ相応の準備が必要であった。壁の修復を考える必要があったとしても、有する力の段階が違うのだ。
「ま、結局のところ遊ばれているんだろう。まるでゲームの駒かなんかなんだろう、あいつにとって俺たちは」
嫌になる、そう付け加えながらクレアーツィは、開発の方に戻っていく。
自分の仕事はそっちが本質だ、そう告げるように。
「さて、とりあえずあいつは簀巻きにして牢屋に入れとくでいいかしら?」
クレアーツィが出てから一時間も経過しないうちに、判断するのも面倒だからといった様子で、そう提案する。
誰しもが、これ以上の判断はないだろうとのことで、首を縦に振ろうとした次の瞬間であった。
「大変だ、あのガキが消えたッ!!」
「はっ!? 目を離した瞬間に逃げたの!?」
最悪の報告、闘争されたという話だと考え――。
「違うっ! 瞬きもしないうちに文字通り苦しみながら消滅したんだよ!」
「……は?」
直接相対したエストは直感的に理解した、あの時の姿を消す何かを使ったわけではない。
「……無理矢理連れ戻された、もしくは不要になったから捨てたっていうのっ!?」
戦闘した時に苦しんでいた様子は欠片もない、消えて何かをするというのであれば苦しむ演技など必要がない。
そしてわざわざそれを口にしたということは――。
「演技かどうかぐらい見ればわかる」
伝令にやってきたレジスタンスの面々は口をそろえてそう告げた。
あの苦しみ用は演技などとは到底言えないと。
「……いっそ、殺してやったほうが人道的に良いパターン?」
「……可能性はありますわね」
面々は頭を抱えながら、一応警戒態勢を敷いた。
かの少年はもうこの基地にはいなかったが。
「ふむ、確か……百七十二回目の転生した気分はどうだ? 転生特典の追加はいるか?」
にやにやと、玉座に座りながらそう告げる悪辣な、神の如き男。
ビートゥの視線の先には、レジスタンスの基地から消滅した、例の名無しの少年がいた。
「……ありがとうございます」
「そうだ、存在しないはずのお前にも舞台に出る権利をやってるのだからな?」
馬鹿にしたような態度でビートゥは口にする。
彼の目に、少年の存在は少年として映っていない。
ただの駒、生きとし生けるものとしての扱いでは断じてなかった。
「さてと……ではそろそろ、彼らには次のステップに移ってもらおうか」
ビートゥの言葉と共に、無数の人影がどこかへと駆け出していく。
その中には、先ほどこちらに現れたばかりの少年も含まれていた。
彼らが向かった先にあるのは、彼らにはよく見知ったモノであった。
あまりにも統一感の感じられない、鋼の軍団。
小さなものは三メートル、大きなものは百メートルを遥に超えるサイズ。
その一つ一つのシルエットは、どこかヒーローといったも過言ではない、素晴らしいモノであった。
どこかひび割れた、明らかに破壊された痕跡のある装甲には、まともに修復がされていないことを示すように、全身リベットまみれの有様である。
さらには、明らかに貶めるためとでも言うべきか、悪趣味なペイントやトゲなどで装飾され、歪められた存在であることが、一目でわかる唯一の共通点となっていた。
「……求められなかった者たちの戦いだ」
「実に滑稽だとは思わんか」
自分以外誰もいない玉座の間で、ビートゥは明確に誰かを見ながらそう語る。
確かに彼を見ている誰かがいて、彼はそれを認識している。
「世界が滅び、誰にも求められなくなった英雄たちが、世界を滅ぼす尖兵へと変わる」
けらけらとあざ笑うように、彼に利用される者たちを眺める。
彼にとって、自身の配下の軍団が勝利しても敗北しても構わない。
やろうと思えばたった一人で、世界を滅ぼすことなど造作もないことだから。
それは作者と作品の関係に近い。
彼はいつでも終わらせられる、それでは面白くないから彼はまだしていないのだ。
「まぁ、需要がないキャラクターを、需要がある作品の敵キャラにしてやるんだ」
にやにやと悪趣味な笑みを浮かべながら、どこかに向かってそう語る。
「時代遅れで、高価な子供の玩具で遊んでいる奴らを、求めらている作品にふさわしい存在にするのだからな」
目をそらすことなく誰かを見つめながら、彼はそう語る。
「需要と供給に合わせた物語だけが生き残る、当然の話だろう?」
【キャラクター】
人の持つ性格や人格を意味する言葉であると共に、物語の登場人物を示す言葉である。
登場人物が登場人物たるためには、その一人一人の性格や人格が必要であるとも言えるだろう。




