第74話 偽りの立場 捻じ曲げられた在り様
【殺せない】
クレアーツィ達が、意識しなければならない敵への対処法。
根本的な理由として、敵が転生というものを自由に悪用しているという点が挙げられる。
殺したとしても、敵の戦力が減らず、敵の拠点に帰ってきてしまう。そう考えると、ビートゥの戦力の異常性が見えてくるだろう。
少年が乗り込もうとした次の瞬間、エストの宝剣がその腹に叩きつけられ吹き飛ばされる。
軽く数メートル飛ばされた少年は、そのまま壁に叩きつけられる。
「……ここに来たってことは、アレを盗みに来たとかそういうことでしょ」
じろりと睨みつけながら、エストは少年の下へとゆっくりと歩いて行く。
そこに在るのは、可憐な少女の顔ではなく、目の前の敵を殺すためにやって来た剣神の顔。
相手を叩き斬る剣士の極致がここに在った。
「……だとしたら?」
エストの問いかけに、少年はそう語る。
(殺せるのに殺さなかった、どういうことだ?)
そんな中でエストが刃ではなく、殴りつけるために腹を叩きつけたことへの疑問を思考する。
あれほどの殺気を見せながら、動きは確かに殺す気がないのである。
「……ま、どうでもいいわ――」
そこに確かに殺気はある、だがそれでも殺さないための動いた。
「ここでぼっこぽこにして、動けないようにしてから話を聞けばいいのよ!」
(……あいつが戦うことになったのは、あいつの作品が盗まれて利用されたから)
一方でエストの方は、表面上は怒り心頭といった様子だが、実際の所かなり冷静に物事を考えていた。
ネルトゥアーレ大陸の、マギアウストが暴れに暴れた戦争。
後の世ならば魔鎧戦争とでも呼ばれるそれの発端。
大陸一の天才、クレアーツィ・プリーマの大発明。
人々が苦しんでいることを全て解決するために、創り出していった便利な魔道具は、実に何ということか。
一つの悪意によって奪われたことで、世界を滅ぼす力に変わってしまった。
彼はずっとずっと、その事実に追い詰められていた。
誰よりもそばで見ていたエストだけが、クレアーツィの、天才の悲しさを知っている。だからこそ、もう二度とあのような悲劇は繰り返させるわけにはいかない。
初恋の男が、一番幸せに暮らせる世界を取り戻すためにも。
「だから、あいつの!」
一人の少女は立ち上がる、もはや彼女を止められるものは居はしない。
なぜか?
「夢を! 祈りを! 願いを! 守ると決めたっ!!」
恋する乙女は最強だ。
(なんだ、何がっ……)
少年がどのような手品を使おうとも、エストの剣で吹き飛ばされる。
今の彼女は刃物のではなく、鈍器として敵に振るい続ける。
彼に与えられた役割は、ツギハギノヤマトと呼称される、クレアーツィの新しい作品の奪取。
その任務の達成が不可能だと、彼は理解した。
彼は妥協し、諦めた。
剣を叩きつけることによる鈍い音と、壁に叩きつけられる事による激しい揺れが既に十数回は続いただろうか。
「さーてと、そろそろ諦めてあんたが何者で、何をしに来たか吐きなさいよ」
結局のところ、エストは答え合わせがしたかっただけなのだ、殺してしまえば答えが得られない。
ついでに言えば、ビートゥは転生者という駒を使っていたと、殺したとしても敵が減るとは限らないと理解している。
だからこそ、殺せば逃げられると知っているからこそ、殺さない。
例えどれだけ憎くても、許せなくても殺さない。
そこに崇高な理念などありはしない、その方が都合がいいからそうしているだけだ。
「……ビートゥの駒の一人だ」
エストはそれを知っていた、この世界は完全に二分されている。
第三勢力などというのは、本当に別の世界からの来訪者でもない限りあり得ない。
味方でわざわざこんなバカなことをするのはもっとありえない。
「で、名前は? 目的は?」
だからこそ、お前の立場なんぞに興味はないと、そう明確に意思を示して見せる。
故にこそ――。
「……僕に名前はないよ、目的も……忘れちゃった」
「は?」
答えになっていない、エストからすればふざけた回答が付きつけられた。
「あんたっ! 状況分かって――」
そんな回答に、エストが納得できるはずもない。
すでに怒り心頭であった彼女を煽ったところで、状況がよくなる可能性など万に一つもない。
嘘をつくメリットなど欠片もありはしない。
だからこそ、エストは問いかけ。
(……これ、どういうことよッ?)
少年の瞳に嘘がない、その事実を見てしまった。
分からない、ふざけたことを口にしているこの子供が、全て事実だというのかと。
宇宙を鋼の戦士が舞い踊る。彼に迫るは、軽く見積もって億の軍団、それもまだ先遣隊と呼ばれる、序章にすぎないソレ。
「いやっふぅぅぅぅぅぅっ!」
高らかに歓喜の声をあげながら、男は怪物を蹴散らしてゆく。
たった一人で見える全てが、敵という地獄を駆け巡る。
「あー、あー、聞こえているかな?」
「んあ? うちのオペレーターは何時から、胡散臭いおっさんになったんだ? 俺はかわい子ちゃん以外の声は聞きたくないんだがなぁ?」
心底嫌そうに、聞こえてくる声に返事をしながらも、たった一人の戦争をしている男は、怪物に向けて無数の弾丸を叩きこむ。
それを潜り抜ける相手に対しては、脳天目掛けて斧を叩きこむことで叩き割る。
まるで当たり前のこととばかりに、全てを打ち砕き続けるのだ。
「あー、君は何のために戦うのかな?」
「金と女! あぁ、後は名誉って奴だな! それがどうした? くだらねぇ質問だったら切るぞ?」
「そのすべてが無に帰す可能性があるとしたどうする?」
「俺が死ぬってか?」
男はイライラしていることを隠さずに、通信先の相手に問いかける。
わざわざそんなくだらないことを聞いてどうしたのかと。
「世界を物語として、君は間違いなく主人公……まぁ、多くの人々に愛されると仮定する」
「そらまぁ、絶対的事実だな?」
「……では、その物語が人々に伝えられることがなかった場合、どうなる?」
「……癪だが、まぁ愛されることはなくなるだろう……なっ!? てめぇ、そう言うことか!?」
男は理解した、通信の先に聞こえた言葉の意味を。
「……そして、人に知られることのない物語の主人公に、名前はない、目的すらも失われる……物語が存在しないんだからね」
「……この世界もそうなるって?」
「可能性がある、そしてその諸悪の根源によって都合がいい駒として、利用されることになる」
「既に前例があると」
呆れ果てた様子で、男はそう問いかける。
どれだけ金を手に入れても、どれだけの女に惚れられたとしても、その全てが無に帰すのであれば意味がない。
ぽっくりと死んでしまうのならば諦めも付くが、そうではないと言うのだ。
「悲しいことに既に数千、いや数万とね」
「俺に何をしろって?」
怪物を相手に暴れ続けながら、男は通信の先の相手に問いかける。
態々伝えに来たのだ、意図があるのだろうと。
「……来るべき時、神を殺す手助けをしてほしい」
「……名前もなければ目的もない? どういうことなのよっ!?」
エストには理解できない、彼女の想像を超える何かが動いていることを、だがだとしても。
「……だんまりってことは、答えられないか、そもそも答えを自分でも知ってない、ただのビートゥの手駒ってことね」
頭を抱え、心底面倒くさそうにエストはそう告げる。
実際問題として、目の前の少年が何者であったとしても、エストの視点において何ら意味を持たない。
情報を持たない捕虜というのは、結局のところビートゥとの戦いにおいては、無駄飯食らいにすぎない。
にも拘らず、殺してしまうと敵の所に帰ってしまう可能性がある。
改心の可能性も、見ている分には存在しない。
「……なんてふざけた立場なのかしら、真面目に神様と喧嘩してる気になってきたわ」
現状を理解したエストは溜息をつき、頭を抱えながら少年を縛り上げ牢屋に持っていった。
【宇宙を駆ける鋼の戦士】
ネルトゥアーレ大陸の世界とも、クレアーツィ達がやってきた地球とも違うどこかで戦う男。
天文学的数値の敵を相手にたった一人で戦う英雄。好きなモノは金と女。




