第60話 こんにちは地球、さようなら自由と平和
【大気圏】
惑星などの天体を取り囲む気体の層の事。取り囲む気体自体は大気という。
基準によって異なるものの、地球の大気圏は概ね高度五百キロメートルとされている。
ちなみに地球と宇宙との境目は概ね高度百キロメートル、大気圏の中でも宇宙空間ということはあり得るのである。
ゴウザンバーコキュートスが世界と世界の狭間を駆け抜ける、確かに何者かが移動したであろう痕跡を追って。
そんな中でエポンから疑問の声が上がった。
「……それで、倒したらどうするの?」
エポンは自身がしたことを考えれば、今このような場所にいること自体がおかしいのではないか、だから終わった後は私をどうするのか? ということも言外に問いかけていて。
「まぁ、コキュートスなら同じことやれば世界の壁ふさげるのわかったし、一度ぶち壊して直してで戻れればいいかなぁって」
そして彼はまるでその問いかけに気が付かずに、終わった後は自分たちがいた世界に帰ると告げていた。
実際問題、クレアーツィはエポンを許していた……とまでは言わないまでも、自分が殺されたという話を気にしないようにしていた。
ビートゥによる世界破壊を防ぐことができたのも、エポンがいなければ困難であっただろうことを理解している。
無罪放免としても、彼自身は構わないのだ。
(俺生きてるし)
元々自分の命を大切なもののランクとしては、一段下げていることが多かった彼の在りようがそこにはあった。
(ま、それこそ当人が気にしてないのなら、私たちが言うのも野暮よね)
だからこそ、エストたちも何も言わない。
当事者が許しているのに、あれこれと言いだしてしまえば、クレアーツィがエポンをかばうことを優先してしまうのだから。
ただただ駆け抜けるゴウザンバーコキュートスのレーダーに一つの反応があった、それは一つの世界の壁が破壊されたというモノ、即座に修復されたので被害などはなかったようだが……明らかに何かがあったと察知して当然のモノである。
「……とりあえず向かうぞ」
その座標へと向かって、光を超えて飛ぶ。
一分一秒が惜しい、それゆえの限界速度での移動。
そうして彼らが裂けめに飛び込んで見たものは――。
一面にあるのは黒と光る点だけ、クレアーツィの知らない世界が広がっていた。
「……これ、俺見たことがある」
だとしても、この世界を彼は知っている。
彼がこの場に立つことになったあの日のことを思い出させる。
地面すらない星々の世界、あぁ、ずっと見ていた悪夢で、一度だけ見た希望の夢を。
そんな場所で、視界に入ったあるものを見て竜希と未来が反応を示した。
彼女たちにとってはよく見知ったモノ、実際にこういった姿を見たわけではないものの。
遠くて見えなかったのではない、彼女らにとっては近すぎてこう見えなかったもの。
黒の中に浮かぶ、青く美しい球体。少なくともこの世界に住む人々はこの巨大な物体をこう呼んだ。
太陽系第三惑星地球と。
「ふわぁ……地球は青かったって誰だっけ?」
「ユーリ・ガガーリン、ソ連の宇宙飛行士だね。まぁ世界的にはここに神は見当たらないの方が有名よ、日本人にとってはそうでもないかもだけど」
なんて、地球出身者と地球滞在者だけが伝わる会話をしつつ、二人は地球の様子をじっと見つめる。
彼女らにとっては慣れ親しんだ思い出の惑星、だといってもそれは彼女たちがいた世界の地球の話。
そもそも竜希の地球と未来の地球も別のモノ、それ故にこの地球が彼女らの知る地球とは異なる形であってもなんらおかしくはない。
そうして見て分かったことはただ一つ。
「この距離から見ても何にもわかんない」
別にすさまじい視力があるわけでもなければ。そもそも自分たちのいた地球を、こうして見ていたことがあるわけでもない。
彼女らが分かるはずもないのであった。ならばすることはただ一つ。
「目指すは地球、二人とも知っている範囲で気を付けたほうがいいことは?」
クレアーツィに地球の知識は存在しない、ついでに言えば今いる星々の世界……宇宙についての知識もありはしない、だからこそ二人に問いかけ。
「大気圏ってのに突入する時はすごいことになるらしいから気を付けて」
なんともふわふわした答えが返ってきた。
別にそういった者への知識も興味も薄かった二人故に仕方ないと言えば仕方ない。
クレアーツィもその辺りを理解している様子で、その大気圏突入をどうにかしてクリアしなければいけないのだという点だけ頭の中に刻み付ける。
であるのであれば可能な限りの万全な対策を取るために――。
「ザンバァァァァァプロテクトォォォォォッ!! 最大出力ゥゥゥゥッ!!」
力技でゴリ推すことにした。それはもう清々しいまでに力技である。
大気圏への突入によって熱の壁による空力加熱が発生する。故に宇宙船の大気圏再突入では適切な軌道離脱タイミングと機体の角度が必須の条件となっている。
しかしそもそも宇宙に上がる技術も、そういったことをしようともしなかったクレアーツィらにとって、そんな知識を持っているはずがないのだ。
だからこそ、空力加熱をザンバープロテクトにより、ゴウザンバーコキュートス本体には発生させないという、なんとも常識からかけ離れた攻略が結果的に行われた。
なにせ、そもそも大気圏突入によって何が発生するのかすら、クレアーツィが推測できる範囲でしか分からなかったのだから。
「っ、やっぱり大自然の力ってのはヤベェなおい!? エスト! プロテクトじゃなくて冷却の方に魔導力頼む!」
「もうやってるっ!」
故にそれぞれができることを為すために巻き起こる大混乱。
ひたすらに魔導力をひりだし続けるという混乱を続けていれば、やがては地上へと接近する。
ここまで来れば彼らにとっては造作もない作業、軽く上昇することで空中に立てばいい。
「……ふぅ、みんな死んでないな?」
クレアーツィの問いかけに、疲労困憊といった様子で返事を返す仲間たちの姿があった。
ゆっくりと地上に下ろしていき、休息を取ろうとした時視界に入ったのは欠片の常識からはかけ離れた世界。
そこに在るのは高層ビル群に巨大な鉄の塔。
クレアーツィらにとってはまるで見たことがない世界、一目見ただけで彼らにとっての常識が通用しないのが見て取れた。
「……異なる世界ってのは直ぐに分かったな」
クレアーツィ達は自分たちが異なる世界に移動したことを、今までとはやり方を変えねばならないのだと強く理解した。
深い深い闇の中、一人の男が笑みを浮かべる。
男がいるのは水深一万メートルをも上回る深海、どこまでもどこまでも闇が支配する中で、一人の男はただ一人そこにいた。
巨大なる潜水艦らしきものの中にいる男は、自身の前にある無数のモニターをじろりと見つめる。
「ミスタービートゥ、これで我が国は――」
モニター一つ一つに映るのは各国の国家元首たち、大小問わず全ての国々が彼のご機嫌取りをしているのである。
たった一人によって世界の命運が定められるようになっている。
現代兵器のなにもかもが彼の指揮する軍団に容易く打ち破られたのだ、絶対的なまでの力の差を突き付けられ、支配されるしか選択肢はなかったのだ。
などと彼らは口にするだろう。
それでも戦わねばならなかった、無駄に命を散らすことになったとしても――。
「ふむ、ではそろそろ客人がやってくる、諸君らには……駒としてしっかりと仕事をしてほしい」
自由も平和も何もかもを奪われ、ただただ利用されるだけの未来に比べればマシだったと言えるのだから。
なにせ、彼にとって人間とはただの玩具にすぎないのだ。尊厳のなにもかもを奪われ、飽きたら殺されるだけの命であるなど、人間として生きていると言えるのだろうか。
そのような男に、この地球は世界を差し出したのだ。
地球を支配する男の名はビートゥ、ビートゥ・ネルトゥアーレ。
クレアーツィ達が戦い、追いかけた男の名である。
【深海】
実は宇宙空間に出たことのある人間よりも、チャレンジャー海淵と呼ばれる水深一万九百二十メートルまで行ったことがある人間の方が少ない。
そう言うことから、宇宙空間よりも深海のほうが研究が進んでいないという声もある。




