幕間 かつての話
これは今よりも前の話、あのバカが、クレアーツィが生きていて、未来が私たちの仲間になる前で、エポンも船に乗る前の話。
あの日は私達も平和な日を過ごしていた。
私はエスト・ファネッリ……リューションの騎士団団長。ブレイドザンバーの搭乗者でクレアーツィの幼馴染。
これは私の視点から見たあいつの、クレアーツィの日常の話。
あの日の早朝マルチドラゴネットは普段通り順調に飛んでいた。
普段通り誰よりも早く目が覚めた私は船内のちょっとした運動ができるエリアで剣を振るう。
ここもクレアーツィのちょっとした作品として存在している。
魔導力を注ぎ込むことで動き出すちょっとした機械人形が迫ってくる。それはエストに向かって四方八方から襲い掛かってくる。
しかしながらまるでさしたる問題ではないとばかりに全てをいなし、逆にカウンターを叩きこんでいく。
当たる、当たる、全てが当たる。全ての人形がバラバラに断ち切られ、重力に引かれて床に落ちる。
「ふー……朝の運動はこんなものね」
エストの言葉とともにバラバラにされた機械人形は再び一つとなり、まるで切られたことがなかったことになったかの様に元に戻っていく。
この事象は結論から言えばそういう風に作られた魔導具であるから。幼き日にクレアーツィに頼んで作ってもらった訓練用の人形、それが年月を経るごとに改修を繰り返して創り出されたもの。故にこのように自動で修復される機能も付いているという訳だ。
「……これ、ザンバーでは使えないのが面倒な機能よねぇ」
彼女の告げた通り、ザンバーにこの自動修復機能を搭載することはできない。というのも、修復させるサイズによって魔導石の必要な量も変わってくる。ザンバーほどのサイズになると搭載した途端一気に性能が落ちてしまうのだという。
それならば自分で整備したほうがいいと判断したのがクレアーツィ自身であった。マギアウストはともかくギガントアークの存在を考えれば彼の想定は間違っていなかったと言えるだろう。
トリニティなどの合体形態はザンバーの性能を遥かに向上させる、しかし元の性能が低ければその合体による性能向上も大したことはなかったかもしれないのだから。
「……あぁ、あいつ起きたんだ」
自分の専門外のことを考えていたエストの鼻に美味しそうな匂いが漂ってくる。鼻孔をくすぐるその香りに誘われて向かっていけばそこはマルチドラゴネットの食堂、キッチンの方では二人の人影が料理をしているのが見えた。
「あら、エストさんおはようございます」
一人はアーロ・フォスト、ブラストザンバーのパイロットであり、フォストという国の王女でもある女性。彼女が普段のドレス姿ではなく、一般的に流通しているようなどこか庶民的な服装をしているのがエストの目には気になったようで。
「珍しい格好してるわね、なにかあったの」
「料理の時に普段着ているようなものだといろいろと面倒なだけですわ」
エストの問いかけに軽い感じで答えるアーロ、人生という視点で見れば短い時間だが激戦を潜り抜けてきた二人の絆は確かなものになっていることの証だろうか。
「エスト、腹減ったのは分かるけど料理中……一応起きてるとは思うけど竜希連れてくるの頼むわ」
そしてもう一人キッチンで料理をしていたのがクレアーツィ。手慣れた様子で料理をしている姿はある意味様になっている。
「……あんた料理できたっけ?」
「こう見えてもちょっとした腕はあるよ、自炊できないと行軍した時に飯の用意に手間取るからってので鍛えたしな」
騎士としてこの程度は当然とばかりに語るクレアーツィ、普段通りの彼が当然の様に語るところを見ると見せる機会がなかっただけだとでも告げるようで。
「なんなら私に料理を教えてくださっているぐらいですわ」
そんなアーロの言葉に驚きを隠せないエスト。クレアーツィはそんな反応を見ては苦笑いを浮かべつつもエストに問いかける。
「おう、いったい何を見てそんな反応してんだ」
「あんたが人にものを教えられるだなんて」
エストの率直な感想にクレアーツィは傷ついたとでもいうかのように驚いて見せる。
しかしながらエストからすれば、誰かに物を教えるなんてことをしている姿を一度も見たことがない。さらに言えば彼の性格などの面を考えて、そういったことができるタイプだとは思っていなかったのだ。
「こういうのは本職じゃないから一周回って教えるのができるんだよ、それにアーロもやる気だったしさ」
だからこそ、彼の言葉は理解できた。本職ではないから気にせずに教えられる、しかも相手はやる気なのだからモチベーションも高い。
責任も何もなく軽い気持ちで挑戦できるというのは彼にとって大きな理由だったのだろう。
少し前までの彼は大陸一の機械技師という肩書が重くのしかかる、彼の教え子が何かやらかしてしまえばその肩書にも傷がついてしまうだろう。
では今の彼はどうか、大陸の希望と肩書がより大きく重くなっている。もはや傷つくのは彼の肩書だけではなくなっている。
きっと彼は、クレアーツィはずっとずっとその重荷を背負っているのだ。
「……その荷物、私にも背負わせなさいよ」
理解したからこそエストは小さな声ではあったが口にした。共に戦う仲間として、かつて彼に恋した一人の少女として、そしてもはや家族のような彼の苦しみを共に分かち合おうと。
彼にその言葉は届くのだろうか、聞こえていなければその方がありがたいと彼女は考える。きっとそんな風に言われても困った顔で「俺は苦しんでいない」などと告げるのだから。
だからこれは自分の決意表明のようなもの、たとえ私が死ぬことになるような地獄であっても……きっと彼の意志を貫かせる。そんな一人の女の祈りがここにはあった。




