第45話 たとえ地獄に堕ちようと
【クレアーツィの死】
明確に生命活動も停止しており死んでいる。
実は偽物だったとか、蘇生するための秘薬を開発しているだとかはない。
またピュアグリッターの魔法で蘇生することもできない。
彼は確かに死んだのだ。
「……あんた、何死んでるのよ」
棺の中に眠る、一人の男の遺体を眺めエストは口にする。
死んだとは到底思えない綺麗なその顔を見て知らないうちに涙がこぼれていた。
「……しょうがないわよね、私の記憶何てあんたと一緒にいる時間が大半なんだもの」
彼との付き合いは家族以外では最も長い。いや、下手すれば血の繋がりよりも深いモノであるかもしれない。
なにせ彼よりも家族のほうが先に死んでいる、一番長く生きた父であっても自分自身が戦場に出る前に死んでしまった。
もはや彼女にとって、クレアーツィは知らないうちに家族の一人となっていたのだ。
「……だからこそ、あんたの望み叶えてあげる」
そこにあるのは志半ばに倒れた家族の願いをかなえるという純粋な意思。
「……マギアウストは全て破壊する、皇国のふざけた暴走も絶対に止めるだよね」
信じた男の祈りを背負い女騎士は決意を決める。世界を救うためにたとえ勝ち目のない戦いであろうとも挑むなどという、地獄への道を定めたのだ。
誰もそれを止められない、止めることなど彼女自身が求めない。
止めれるとするのならばそれはただ一人。彼女自身がその道を歩む決意をさせた男ただ一人。
男は白の中にいた。比喩などではない、一面文字通り白なのだ。まぶしいという光すら感じない、そこにあるのは純粋な白。
「……ここはどこだ」
無論そんな場所があるはずがない、光があるから人間は視認できている。男はリューションの民、他の感覚で視覚を補うといった技能など持ち合わせているはずもない。
それ故にこの空間が現実のモノではないことも容易に理解ができる。
「……あぁ、死んだのか」
男の名はクレアーツィ、クレアーツィ・プリーマ。ネルトゥアーレ大陸で一番だった機械技師で、ゴウザンバーの搭乗者。
そして我らが主人公。
彼は冥府の入り口に立っていた。
たった一人孤独の中で立っていた。
そんな彼を誰かの声が呼んでいる。
暖かい声で、幸せな未来を予感させる何かが待っているのだ。
「いらん、今の俺はそんなものは必要ない」
彼の言葉とともに、温かい声は消えていく。
「……本当に幸せがいらないの?」
最後に問いかけてきたのが聞こえたが、彼は返事すらしなかった。
一歩一歩と歩みを進める、何もない白の中で。
今度は楽しい歌が聞こえてくる、栄光を予感させる何かが待っている。
「必要ない、俺はそんなものもらっても意味がない」
彼の言葉とともに、楽しい歌は消えていく。
「……本当に誰かに褒められたくないの?」
先ほどと同じように問いかけが聞こえてきたが、彼は返事などしない。
どこまでもどこまでも歩き続ける、虚無の中を進むように。
新たに聞こえてきたのは今までとは違った、明確な意思を持った言葉であった。
「ならば力を与えよう、許せぬ邪悪を討つための力か」
告げられた言葉にクレアーツィは首を横に振り歩き出す。
「ならば叶わなかった願いをかなえるチャンスか」
そう言われても首を横に振り歩き出す。
「……よし、ならば今まで冷遇してきたやつを―」
あきれた様子で彼は声の方を見てはこう告げた。
「……もともとそんな冷遇されてないし、俺はそんな誰かからの評価を気にして生きてるなんてことに興味はない」
それだけ告げれば一人歩き続けていく。先の見えない白の中を。
そこからも声はクレアーツィにいろいろな言葉をかけます。まるで彼が何かを望む言葉を聞き出すために。
けれども彼は興味がないとばかりに歩き続け、向かっていた先に一つの門を見つけた。
おどろおどろしい飾り、鍵穴のような部分は髑髏、明らかによろしくないものが待っているのだとばかりに用意されたその門。
クレアーツィは気にせずに手を伸ばし門を開こうとする。
「待て、その先は地獄だ、地獄を封じているのだ」
だからこそ、声は慌てた様子でそう告げる。この先はろくでもない物を封じ込めているのだと。
「そいつは好都合だ、おれはそのろくでもない物が見たくてたまらなくなったぜ」
故に力一杯に門を開け、地獄の中へと飛び込んでいく。声はもう届かない、彼を引き留めようとする者の力は届かない。
彼を生きる者たちの世界に引きずり出そうとする者の手は空を切るだけで。
地獄と呼ばれたその場所にクレアーツィは堕ちて行く、彼はどのような悪行を為したのか。
マギアウストの設計図を描いて、多くの人が死ぬ要因となったことか?
例え敵であったとは言え、それでも多くの人を殺してきたことか?
断じて否、彼の罪はただ一つ。
ビートゥ帝に逆らったからだ、ビートゥ帝の救いを否定したからだ。
かの偉大なるお方の王道を邪魔するものは至極当然地獄行きだ。
「おいおい、それはおかしいだろう」
だからこそ、地獄の中からクレアーツィの罪を否定する声が聞こえてくる。
「誰が虐げられることを否定することが悪だと?」
「そんなことは断じて間違っているわね」
その声は老若男女問わず地獄の各地から聞こえてくる。
こちらに来ることを拒むように、偽りの罪で自分たちと同じように堕ちる者を減らすために。
されど男は堕ちて行く、たった一人で地獄の底へ。
「こっちに来るなと言ってくれるのはうれしいが、俺はそっちに用がある」
彼の顔に絶望はない、彼の心に悲しみはない、そこに在るのは喜びだけだ。
【地獄】
死後の世界の領域の一つ。クレアーツィが自らの意思で飛び込んだ場所。
しかしながらそもそもの話として、地獄に行くにはそれ相応の罪を背負ったものでなければならない。
そしてその罪こそが、ビートゥ帝に逆らったからなのである。
悪逆非道なる支配者に逆らうことが罪となる、そこに何かあるのだろうか。




