第36話 夜空の星が輝く下で
【御伽噺】
現実離れした空想。
理想と現実によって押しつぶされるものもいれば、だからこそと力を込めて立ち上がるものもいる。
夜のフェーダを桃色の髪の少女が一人歩いて行く。体躯の小さなフェーダの民が住民の多くだとしても、たとえ彼女が強大な力を持っているとしても、夜中の一人歩きというのは感心できない。それが人通りの少ない路地裏だとすればなおのことだ。
「……私は、いらないの?」
呆けた様子で歩く彼女。見目麗しい……というには幼いが、それでも可愛らしい顔の彼女が一人でいれば。
「なぁ、お嬢ちゃんっ!」
「ん?」
声をかけられるのも必然というもの。
「こんな場所にいたら危ないぜ?」
俗っぽい笑みを浮かべる男の姿がそこにはあった。身に纏っているモノから察するに皇国の兵士だろうか。
「ごめん、一人にしてほしいかな」
「まぁまぁそんなこと言わずに好意は素直に受け取ったほうがいいぜ?」
「でもっ」
「……いいことしてやるからさ」
子どもでも騙されるはずのない言葉、それを気にせずに口にする程度にはこの兵士は愚かなのであろう。
「……私が必要なの?」
そしてそんな相手にでもすがってしまうほどに彼女は支えを必要としていた。
「あぁ、俺たちには明日を生きる希望が必要なのさ」
特に自分の存在意義に関わる話であれば。
「希望が……うん、分かった。私で良かったら―」
容易く首を縦に振ってしまう状態で。
「お前さんのそれは希望じゃなくて欲望だろうが」
そんな彼女の思いを無視して、水を差す奴が突如として現れた。
「なっ、てめぇ何もんだ!!」
男は不機嫌そうに、ソレに向かって怒鳴りつけ―。
「ってか、マジで何もんだてめぇ!?」
ソレの格好に困惑を隠せなかった。派手に煌めく真っ赤な鎧。燃える炎のような赤い髪をツンツンと重力に逆らわせた髪型。これだけならば探せば見つかるレベルの騎士に過ぎない。
目元を隠す仮面の存在がこの存在の異質さを高めていた。夜中に、変な仮面を身に着けた鎧の男。
異論の余地無しで不審者である。
「ほうれ、女を抱きたいならこれでプロの世話になってこい!」
男の問いかけを無視して、鎧仮面は金の入った革袋を差し出す。
「あ、あんた何がしたいんだ!?」
「そこのレディに用があってな、お前に独り占めされると困るんだ」
少女を無視して男二人が会話を進める。
「あのー、私が必要なんですか?」
「必要じゃあない」
仮面の男は無慈悲にそう告げる。彼女が自分を必要とするものを探していると分かっているにも関わらず。
「だが、必要じゃないからこそ、俺は君と話がしたい」
だからこそ彼は告げる、必要であるからじゃなく、君がここにいるから話がしたいのだと。
「というわけだ、良いかな?」
にこやかに笑いながら彼は手を差し伸べる。そして彼女はその手を取った。
「少しだけだよ?」
少しだけ気分が晴れた様子で、彼女は仮面の男に連れられていく。
二人がその場を立ち去って少しした頃に、ようやく金を貰った兵士は気がついた。
「あの男! 奴だ!!」
兵士は即座に仲間たちに連絡する。仮面を付けた赤い髪に赤い鎧の男を探せ。
「クレアーツィ・プリーマだ! 奴が生きてやがった!!」
「……さすがにこれでバレないわけがなかったか」
「……どうかしたんですか?」
クレアーツィは少女を、星川未来からの問いに対して上手く答えることができなかった。こんな格好をするのも、こんな格好で女の子の相手をすることも初めてだから。正直なところ自分でもバカをやっている自覚はあった。自分が死んだことになっているほうが連中の目から逃れることができ、より優れたザンバーへと強化する時間もできる。
だとしてもクレアーツィ自身が彼女と話をしなければならないのだと、魂で考えていた。理屈ではなく、唯々自分が自分であるためにしなければならないこととして。
「なぁに、大したことはないさ……ただ、ここじゃ人目に付く……捕まっててくれるかな?」
にこりと笑いながら懐からある物を取り出す。それは銃のような魔導具であった。
「ちょいと上に上がろう、いいよね?」
「ふふっ、分かったわ」
未来はクレアーツィにギュッとしがみつく。それを確認すればクレアーツィは適当な建物の屋上目掛けて魔導具を構え、引き金を引く。
「うわっ!?」
放たれたのは弾丸ではなくアンカー、ワイヤーが繋がっているそれが屋上にロックされれば、クレアーツィらは引き上げられて行く。
満月の下で真下で起きている喧騒を聞きながら二人は見つめあい、クレアーツィが問いかける。
「君は……ピュアグリッターはなぜ戦う?」
その言葉が発せられるとともに、星川未来はピュアグリッターへと姿を変え見つめる。
「……分からない」
かつて戦う覚悟を決めた時は友達がいたから。友達の夢を否定され、友達の愛を否定され、友達の希望が否定されたから。
(だけど、今はどうだろ……)
友達はいない。この世界では友達を作る時間もなかったのだから。
家族はいない。この世界で気が付いた時にはこうなっていたから。
じゃあ、世界の夢と希望と愛を守るのは―。
「……御伽噺はもう終わって、子どものままじゃいられないんだ、だから私は戦う理由なんてないけど戦うの」
「……そっか、ならゴウザンバーには絶対に勝てないぜ?」
クレアーツィはそう断言する。あの日完全に敗北したというのに。
「……どうして?」
「ゴウザンバーは御伽噺だからだ」
ピュアグリッターは理解できない様子で続きを促す。ソレに応えるように、クレアーツィは再び口を開く。
「御伽噺は空想だ、大人になれば諦めてしまう遠い星だ。だけど」
クレアーツィは腕を天高く伸ばし、ぐっと握り拳を作る。
「その星へと行きたいのならば、子どもの理屈を押し通さないといけない。大人が否定する理屈を」
「……そんなの―」
「できる、だってそれを信じていれば、諦めていなければ何度だって挑戦できるのだから」
そしてゴウザンバーはそれを永劫続けるのだと。
「……そっか―」
世界が変わっても人は変わらないのだと諦めてしまっていたのだろうか。自分は子供の理屈を押し通してきた側だったではないか。そう彼女は拳を握る。
「子どもの理屈かぁ」
あの日通じなかったものを、信じ続けている赤の他人がそこにはいる。一度ダメだったからと言って何度でも挑戦すればいいといってくれた人がいる。
「遠いなぁ、星は」
その星に届かせるのだと、あの鋼の巨人はそう振る舞うのだと。
「悪いこと、したとしても謝ったらゴウザンバーは、クレアーツィは許してくれるのかな?」
「……さぁ、どうだろ? でもやってみなけりゃ分からないぜ」
【クレアーツィの仮面】
一応クレアーツィの魔導具。
クレアーツィ自身もセンスがないとは思っているものの、顔を隠すためにと仕方なく購入したマスクを元に改造して創り出されたもの。
一応レベルで認識疎外効果が存在しており、心が純粋な者であればあるほどに効果が強くなる。




