第35話 妖精の国の長い一日
【クレアーツィの服】
実はこれもちょっとした魔導具である。空間に作用する効果の魔導石を使用することで、ポケットの中の空間を通常よりも引き延ばしてある。それ故に彼のポケットは見た目以上に多くのモノが入っている。
また、魔導具としては非常にシンプルなもののため、一度魔導力を注ぎ込めば数年は効果を発揮し続けるという。
なお、魔導力が不足すると空間が元に戻っていき、最終的には服がはじけ飛ぶ。
ゴウザンバーが討たれた、クレアーツィ・プリーマが死んだ。その事実が大陸中に広がるのにそう時間はかからなかった。跡形もなく消し飛び亡骸すら残らずに消滅したのだと。
「これで、時間は稼げるな」
「……悪いな」
その情報は全て偽り、ゴウザンバーとクレアーツィは共に大きなダメージを負ったものの、それでもまだ健在であった。フェーダの民によって誤った情報が流されることによって、皇国から隠し通すための行動であった。
「いやはや、あの女が俺たちには優しく振る舞うから何とかごまかせてるが、いずれ時間の問題だぞ」
「他の奴が来たらだっけか、数日経ったけどどうなってる?」
クレアーツィは自身の世話をしてくれる小さな青年に問いかける。自分が負けたことでどう変わってるかを。
「まずマルチドラゴネットはどこかに消えた、皇国の奴らも探してるようだが行方不明、うまく隠れてるようだな」
「エストたちは無事……と考えておくか、死んでなければまた会える」
マルチドラゴネットが無事であるという事実は、クレアーツィの心にも大きな影響を出していた。どこか顔色も明るくなり、多少なりとも元気になったように見える。
「ほかに聞きたいことは? 俺たちが把握している範囲でならいくらでも話してやるぜ?」
「……ピュアグリッター、彼女はどうして君たちには優しく振る舞っているんだ」
あれほどの力を持ち、ネルトゥアーレ皇国と敵対しているだけの自分自身に対してあそこまで力を振るった。それ故に敵を倒せればどうなろうとも構わない、といったそういうタイプなのだと思っていたのだが。
「さてな、聞く限りじゃ俺たちみたいなのに昔世話になったからだとか」
「ふむ、世話になったかぁ」
(前世って奴で一緒に戦った仲間とかそういう話か?)
伝えられた言葉から推測をするが、早々に思考することをやめる。考えたところで別の世界の話など分かるはずがない。そもそも彼女は敵である以上、気にする必要はないのだから。そう考えていたところで。
「あぁ、それに破壊されてた分は直してくれたしな」
「なに?」
事はそう簡単にいかないことをクレアーツィは理解する。彼女は自分たちと戦う以外のことはまだしていない。である以上は第三の視点から見た場合、彼女ではなく自分が悪となる可能性がある。
それはまずい、クレアーツィはヒーローであろうとしている。ヒーローが必要だからヒーローである必要がある。それは自分がなりたいからではない。皇国の圧倒的な軍事力によって、一方的に奪われ殺されるだけの命となってしまった、人々にとっての希望……明日を生きる力を与えてくれるものが必要なのだ。彼はそれで在らねばならぬと理解している。
では、悪ではない、奪うものではない彼女をただ敵だからと殺してしまうのはヒーローの振る舞いであろうか? 少なくともそれはクレアーツィにとってのヒーローとしての振る舞いではない。
「それは何か目的があるようには見えたか?」
「いや、これが当然のことだからといった様子だったな」
根っからの善性、もしくはそうであろうと振る舞うもの。彼女を殺してしまった時、クレアーツィを人々はどう見るのだろうか。
「……よし、とりあえず―」
何かを決めた様子で、懐からメモ帳とペンを取り出し、さらさらと何かを書き連ねていく。
「これ、できれば集めてくれるかな?」
「……あぁ、分かった……金は―」
「終わったら払う、金持ってるのは知ってるだろ?」
にへらと笑いながらメモをちぎっては彼に渡す。ただそれだけで自分のやるべきことを理解し隠されているゴウザンバーの下へと向かう。
「まずは戦う前に会話をするべきだなぁ」
とは言いながらも戦うための準備はする。彼女は善性であってもネルトゥアーレ皇国全体は間違いなく邪悪な企みで動いているのだ。
「だったら、できることをしていかないとなぁ」
ならば彼女の説得の成否は関係なく戦う準備はしておかなければならない。だからこそ壊れてる分を直すだけではだめだ。彼女以外にも厄介な奴が現れないとは限らない。故により強靭に改造をする必要がある。
「……ま、どこまでやれるかは分からんが、やれるだけやってみるか」
どこか楽しそうに笑いながら、懐からいくつかの道具を取り出しては、即興で歌を歌いだす。
「勇気を胸に秘めー」
別に上手くもなければ下手でもない、時折詰まるのもその場で歌詞を考えているから。それでも確かに愛を込めて歌うのだ。
「……そう、分かったわ何か困ったことがあったら私に言って? 私の魔法でぜーんぶ解決してあげる」
街中では一人の少女が、フェーダの民に囲まれながらにこにこと笑みを浮かべてはそう告げる。
「えぇ、私はこれしか取り柄なんてないのだもの」
だが見ればその笑みはどこか張り付いたようなソレ。見てみれば彼女を囲む人々もどこか怯えたような姿を見せていた。
「……どうして怖がるの? 怖いロボットはいなくなったよ?」
……悲しげな表情を浮かべ少女は問いかける。薄々気が付いてはいるのだ、アレは怖いものではなかったのだと。
「……ねぇ、教えて? クレアーツィって人の事」
だからこそ知らねばならない、知ろうとしなければならない、意思を見せねばならない。一方的な情報では誤った真実にたどり着きかねない。
本当に効いていた通り卑劣な悪党なのであれば、仲間をかばうなどありえない。だからこそ他者の視点が必要で。
「バカな事を聞くんだな?」
「バカな事?」
第三者がそれを聞くことを否定する。その声を聞いて思い出す、この声は確かビートゥ帝の前で宣言をしたときに、近くにいた転生者の声だ。
「都合がいいように考えていればいいんだ、私たちはこの世界では異物。異物なら異物なりに好きにしていればいい、この世界のことなど気にせずにな」
「でもっ、この世界の人たちも生きているっ!」
「だから私たちはネルトゥアーレのために行動する、お前が何者なのかは知らん。だがな、これが戦争だ」
その女は冷酷な声色でそう、淡々と告げていく。双方に言い分があろうが、一方的なそれで在ろうが、戦争である以上は相手の事情など気にしたところで意味はない。
「だからこそ、我々は無慈悲に、理不尽に、徹底的に敵をつぶすのだ」
「違う、それじゃあ夢も希望もないよっ」
「あぁ、夢も希望もひねりつぶすのだ」
少女の矜持は否定され、愛も勇気もありゃしない現実だけがそこには残る。
「おとぎ話の時間は終わりだ、貴様も大人になれ」
「……そんなの―」
関係ない、魔法はみんなに笑顔を届けるための力だ。だからそれを奪う悪い魔法使いと戦った。夢と愛と希望は魔法の力の根幹だ。それが必要ないってことは―。
「私は、いらないの? あの時と同じように?」
【夢と愛と希望】
ピュアグリッターの魔法の力の根源。
人間界にやってきたのは世界からこれが薄れて行くのを阻止するためという設定も存在した(とは言っても第一クールのそれこそ三話ほどの話であり、それ以降は正しい女王となるための訓練となっている)。必然のことながら、それが世界から失われて行けば行くだけピュアグリッターはその魔法の力を失っていく。




