第2話 目覚めろ! ゴウザンバー!
ひたすらに長い階段をクレーアツィとエストは降りて行く。もう自分たちがいた部屋に戻るのも一苦労だと感じる深さへと。
「ねぇ、どこまで進むのよ」
エストの声が闇の中で響いて行く。
「ん、そうさなぁ……、今八割を行ったところだ」
クレアーツィはそう返しつつ、階段を下りていく。歩みを進めると共に足元を明かりが自動的に点灯しては照らしていく。
(自動照明なんて……無駄に労力と時間とお金を使ったのね)
実際一定範囲に動く何かが来ると自動で明かりがつく、というだけならばそこまで高度な魔導具ではない。しかしそれが人間を対象としたなどと条件付けをしていくと非常に高度なものになる。それを可能としている辺りエストの推測は当たっていた。そもそも明かりが欲しいのならばボタン一つで明かりがつくようにした方がコストも労力もかからないのだ。
これを作ったのもクレアーツィ、一時期屋敷に大規模な工事が入ったことがあったがその時にやったのだとエストは軽く察していた。
「よし、着いたぞ」
「……わざわざ地下に何か作る必要なんてあるの?」
「ふふっ、格好いいからな……ってのは理由の一つ、ここは――」
クレアーツィが天高くその右手を掲げ指を鳴らす。それと共に闇に包まれていた空間を魔導具の光が照らし始める。
「俺の秘密研究所、地上にあるものよりもはるかに優れたものばかりの……言うなれば俺の遊び場だ」
辺り一面に一目見ただけで高度な魔導具やよく分からない代物であふれている。そんな中で一際エストの目を引いたのは――。
「あ、アレって―」
「マギアウストみたいってか?」
にやりと笑うクレアーツィの表情はまるで夢を語る少年のソレであった。
「だろうさ、アレは皇国のいうマギアウストのプロトタイプにして最高傑作、その名も――」
「その名も?」
「ゴウザンバー!」
燃える炎のような赤いその機体は、マギアウストの兵器然としたカラーリングとはまるで違う。それはまるでおとぎ話の騎士なんかのような、ヒーローといった雰囲気を感じさせるものであった。
しかも巨大な人型のソレの顔を見るのに見上げねばならないのは当然のことながら、あまりの巨体に見上げているだけで首が痛くなる。
パッと見た印象は城ほどの大きさの巨人とでも言ったところか。何とも建造するのに時間がかかったのだろうとぼうっと考え、ある言葉を思い返す。
「どうだ、格好いいだろう!」
「いや、これプロトタイプって」
プロトタイプ、すなわち試作品。文字通り試しに作ってみた品のことである。エストにとってはその言葉は信用のできないものである。
そんなものを堂々と打開策であると宣言されたとしても彼女には信じるための要素が少なすぎるのだ。
(とは言えこいつがこんなに自信満々な辺り何かあるんだとは思うんだけど)
とは言えクレアーツィの自信満々な様子を見ては何かあるはずだと、そう確信させるだけの何かも確かにある。
だからこそ、このゴウザンバーがどういうものなのかを聞く必要があるのだ。
「ゴウザンバーの性能は恐らくマギアウストと比較しても恐らく圧倒的だ」
「恐らく?」
「マギアウストを使ってる皇国の一般的な技術力は他国を圧倒しているからな、どんなふうに改造されてるかは分からない以上断言はできない」
それに付け加えれば、大陸一の機械技師はクレアーツィかもしれないが、二位、三位の機械技師が皇国にいないとも限らないのだから、実物がどうなっているのかは現物を見なければなんとも言えないのだ。
故にこそ断言することはできない、どこまで手を入れられているのかによっては圧倒することは難しいのだから。
「さてと、プロトタイプのこいつだが……ある大きな問題を抱えていて正式に売りに出そうとは考えていなかった」
「性能は高いのよね?」
「あぁ、ついでに言えば汎用性も拡張性も、俺がいるならば高いと言っていい」
言外にこいつの調整は俺にしかできないと言っているようなものだが、実際事実なので問題はなかった。
自分がいなくなれば真面に使うことが困難な代物、はっきりと言って道具としては欠陥品であることをクレアーツィは自覚していた。
「これな、建造にかなりお金と資材がかかってな」
「まともに作ると赤字になると」
「はい、そういうことです」
苦笑いを浮かべながらクレアーツィは説明を続けて行く。
「すべての魔導具に共通するのは使う人間の魔導力を使って動くという点と共に、魔導力を受ける魔導石が必要だという点だ」
「魔導石は種類によって向き不向きがある、よね?」
「あぁ、光らせるなら光らせるのに向いた魔導石を使う方が同じ量、同程度の質でも明るく光らせられたりするのは有名な話だな」
「で、それが無駄にお金かけてるのにかかわってくるって?」
「一般的に流通してる魔導石各種全部積んでるんだよ」
エストはクレアーツィのその発言を聞いてバカの極みかと認識した。常識的に考えてそんなことをする奴はいない。そもそも魔導石自体かなり高価な品物だ、比較的安価なものでも一般的な商人が一カ月で稼ぐ金額よりも高い。
「そりゃあ高くもなるでしょうねぇ……」
「違うんだって、どの程度の力が必要になるか分からなかったから、とりあえずやってみた結果なんだって」
「で、連中の奴と比べてどれぐらいお金かかったの?」
「初回だから慣れてなくて無駄にしたりした分も含めれば……百倍、いやもうちょいか」
エストは頭を抱えた、大陸一の天才は大陸一の馬鹿かもしれない。これに私たちの命運を預けなければいけないのかと。
しかも性質が悪いことに、頼れるのもこのバカしかいないのだ。
「まぁ、そんだけ金かけた分の性能はある」
「逆になかったら本気でぶん殴るわよ」
さて、お金がかかりすぎる超兵器、だれがどう考えても欠陥品だ。少なくともこれを量産してくれなどとは口が裂けても言えない。これを百台用意すれば余裕で勝てるかもしれない、しかし用意するまでの時間と金額がどれだけかかるか分からないのだから仕方がない。
「で、他に問題は?」
「魔導石の種類と量が普通の魔導具と比べて圧倒的に多いから起動させるのに魔導力がかなり必要だし、後は各魔導石の適性がある方が上手く使える」
魔導力そのものの量はともかく、魔導石の適性は非常に大きな問題となる。魔導石の適性は個々人生まれ持ったものであり後天的にどうにかする方法など誰も知らない。故に完全に扱える人間は個人ではほとんどいないといっても過言ではない発言であった。
「あぁ、だからそこまでしたんだ、あんたは一応大体の適性持ってるから」
「一応実際に売りに出すなら複数人で運用するって方法で解決するつもりだったけどな」
そんな風に軽口を叩きつつ、ゴウザンバーの搭乗口を開けそこに乗り込んでいく。そこには広い空間が広がっていた。
「さてと、起動させるぞ」
その言葉とともにゴウザンバ―の瞳に光が灯り、それと共にその巨体の腕が軽く動く。そしてそれと共に――。
「ちょっと、何が起きてるのよ」
研究所の中を赤い光が照らし、大きな音が鳴り響く。これではまるで――。
「どうやら何かがこっちに向かってきてるらしい」
「まさか敵襲!?」
緊急事態が発生していると伝える警報だ。
プリーマ邸の周囲が激しく揺れる。
「ふふっ、クレアーツィ・プリーマ、貴様はもう皇国にとって利用価値はない」
その声と共に巨大な鋼の獣が姿を現す。それはまさしくネルトゥアーレ皇国のマギアウスト。既に皇国の手はすぐそこまで伸びていたのだ。