第9話 発進! 希望の箱舟マルチドラゴネット!
【マルチドラゴネット】
全長五百メートル、全高四百メートル、全幅四百二十メートルの魔導万能輸送要塞艦。
その名の通り空飛ぶ要塞であり、クレアーツィたちの空飛ぶ研究室である。
これほどの巨体故にまともに動かすにはそれだけの魔導力が必要であり、平均的な量の持ち主ならば数百人は必要なのではないか、とクレアーツィは計算していた。
ゴウザンバーは自身の前に立ちふさがる二大マギアウストの攻撃を受け、劣勢を強いられていた。
ゴウザンバーの放つ武装のほぼ全てで有効打と成り得る攻撃を叩きこむことが難しいのである。
ゴウザンバーに飛行能力はなく、飛び道具も無用に使える代物では断じてない。それに対して敵のマギアウストは飛行能力を有している。
地の利を奪われていたとしても、一方的な戦いにならない程度には戦えているのはゴウザンバーの性能が優れていることと、クレアーツィの技巧のおかげだと言えるだろう。
「とは言えジリ貧、それこそ負けは無くても勝てもしない……か」
それを踏まえてもクレアーツィは焦りを見せていた。魔導具を使用するには魔導力を使用する、そして魔導力は一種の生命エネルギー、使えば使うほどに疲れるのも当然である。
無論相手も疲れはするだろうがどちらの方が先に疲労で倒れるかは分からない。いやむしろ相手は二人いる以上どちらかが残ればいいと考えれば、やはり不利であるのは当然である。
(別に俺魔導力の量自体は平均よりは多いけどそれだけなんだよなぁ……)
故に持久戦は不利、短期決戦を挑まねばならない。だがしかしそのための高火力武装は間違いなく避けられる。
ある種の詰みである。それでもなお何か打開策はないかと思考を続け――。
大地を照らしていた光が何者かによって遮られる。それもフリュゲラーよりも上空に、マギアウストよりも巨大なものが。
「な、なんだあのデカい奴は!?」
「おいおい、動かしたのかよっ!?」
クレアーツィも含めその場にいた全員がその存在に困惑を隠せない、それは鳥かドラゴンか。
否、断じて否、それこそが魔導万能輸送要塞艦マルチドラゴネットである。
「クレアーツィ、助けに来たわよ!」
「と、とりあえず私だけでも動かせたよっ!」
マルチドラゴネットから、クレアーツィに向けられたエストと竜希の声が聞こえる。
二人の救援に対してはクレアーツィはそのまま指示を出していく。
「ブリッジの中に格納庫からの射出の機能がある、説明したよな?」
「あ、うんこれよね……」
「その中から武装パーツの射出を頼む、何でもいい!」
クレアーツィの指示を聞き、エストは即座にブリッジから射出機能を実行、何らかの武器を射出しようと行動する。
「武器が出るってわかってるならさせるわけねぇよなぁ!!」
しかし当然それをみすみす許す皇国軍のマギアウスト乗りではない、即座にマルチドラゴネットを破壊せんと天高く飛翔を開始する。
「邪魔させるかよっ!」
無論妨害されるのをただ見ているだけのクレアーツィではない、両腕を伸ばしてはザンバーフィストを同時発射。縦横無尽に飛び回る拳が命中はしなくても、敵の動きを阻害し速度を低下させる効果を見事に発揮していく。そしてその時間稼ぎによって――。
「何か分からないけど発射!!」
ボタンが押されると共に武装が射出される。そしてそれを射出していた腕がつかみゴウザンバ―に接続される。
その両手にあるのは二丁拳銃。その名も――。
「ザンバーショット! アームドオン!」
その叫びと共にザンバ―ショットをゴウザンバーが構え、マギアウストに向けて乱射を開始する。 ザンバーショットは魔導力を弾丸として放つゴウザンバ―専用装備である。
ザンバーショットの威力は他の武装に比べて低い、だがしかしの射程と使いやすさは大きく上回る。
カウンターを狙う以外に攻撃手段がなかった今までと違って、これによって対空という戦闘面での不利を覆すことを可能とした。
「そらそらそらそらそらっ!」
相手が猛スピードで、しかも飛行するという形により三次元での行動を可能とするのであれば、それは大きな強みであると言える。
ならばその強みを逆に利用してやればいい。
放たれる一撃一撃は致命傷にはなりえない、されどその事実を知らない皇国の兵士にとっては、これまでのゴウザンバーの武装の威力を前提とするため、すさまじい恐怖を刻み付けられて行く。
広範囲にばらまくことを目的とした魔導弾の全てを、マギアウストは無理な軌道での回避を行おうとする。されど下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるという訳ではないが、全ての魔導弾を回避することはできず徐々に削られて行く。
「……想定よりはダメージは少ないかっ!」
そんな中でようやく、あくまでも牽制用の射撃武装であると理解したのか、ある程度の攻撃は受け止める動きに変わる。
だがしかし、もう遅い。
無茶な動かし方をしていれば魔導力の消耗、そしてそれに付随する疲労もまた激しくなっていく。
強みを逆に利用してやり、消耗を加速させるという動きはさらに、搭乗者の判断ミスをも誘発させていく。
「こ、こうなったら一か八かだ!」
「シュヴァルデンのパワーとフリュゲラーのスピードで最大級のダメージを与えるのみ!」
彼らはこれ以上続けていればいずれ魔導力が尽きると判断したのだろう、回避ではなく突撃を選択するマギアウスト。
長期戦は逆に分が悪いというのはあながち間違ってはいない。自分たちの頭上にある巨大な存在から、どのような攻撃が放たれるのか分からないのだから。
さらに言えばあれだけ巨大な魔導具、それを飛ばしている段階で膨大な魔導力が行使されているのは一目見ただけで誰でも分かる。
そんな代物が攻撃を行い直撃すれば、いかに強大なマギアウストと言えどもひとたまりもない。いや、掠っただけでも危ない可能性が普通に存在する。
故に何もさせないうちにクレアーツィの殺害を狙う。
(かかったな)
だがしかし、絶体絶命のピンチであるにもかかわらず、ゴウザンバーのコックピットの中で、クレアーツィはにやりと笑みを浮かべる。
クレアーツィは、牽制のためのザンバーショットから別のモノへと魔導力を注ぎ込み始める。一撃でまとめて撃破するために。
それを知らぬ二大マギアウストは最大スピードでの突撃を開始、無理に軌道を変えればそれだけで搭乗者への衝撃が発生する状態であった。
「ザンバァァァァァ!」
クレアーツィの叫びと共にゴウザンバーの胸部が発光を開始する。それとともにザンバ―ショットでの射撃も停止、それどころかその場から動くことすらしない。
当然だ動けないのだから。動かすための魔導力すら、攻撃のためのエネルギーへと変換している。
「ま、こ、これはまさか!?」
「おい、貴様っ! アレではないのか!?」
マギアウストの搭乗者の二人も、何が起きようとしているのか気が付いた様子で慌てはじめ、どうにかして回避しようとするものの時既に遅し。
フリュゲラーの現在の状態では、回避は到底間に合わない。さらにゴウザンバーとの距離の問題で、行われようとしている攻撃よりも先に、ゴウザンバーを撃破することも不可能。
皇国の兵士の焦りなど知りもせず、ゴウザンバーのエネルギーが一点に集中する。
「バスタァァァァァァァァ!!!」
その叫びと共に超破壊光線がゴウザンバーの胸部から放たれ、こちらに向かってくるマギアウストに照射、同時に蒸発させていく。そこに在ったという痕跡すら残さぬとばかりに。
「へへっ俺の、いや俺たちの勝ちだ!!」
その言葉とともにポーズを決めるゴウザンバ―、これを見ているであろう皇国の人間に突き付ける。お前たちの敵はこれほどまでに強いのだぞと。
そして連合国の人々に見せつける、もうマギアウストを恐れることはない、これから共に奴らと戦おう。
人々の希望とならんと、格好をつける、だれもが彼のような勇者の存在を待っていたのだから。
【ザンバ―ショット】
クレアーツィが用意しておいたゴウザンバー用の拳銃、その威力自体は極論ゴウザンバーでぶん殴る方が破壊力があるものの、驚異的な連射速度と低燃費を実現している代物。
実はクレアーツィは射撃のセンスは人並み以下のために命中精度が非常に悪く、そのため下手な鉄砲かずうちゃ当たるの通り、弾をばらまくことだけを目的として作られた装備である。