かげのおり24
深夜のファミレスより七本木のバーが似合うセレブイケメンが、テーブルに高級スーツの肘をつき、手に顎を乗せてキラキラな顔でこちらを見つめている。
「パフェ食べてくれると嬉しいな」
ときめく低音と笑顔でそう囁いたのを通りすがりに見た深夜バイトの女の子は、思わず立ち止まってまじまじとこのテーブルを見たあと、赤い顔で足早に厨房に入っていった。キャーキャーと騒ぎ声が聞こえ、変わるがわる顔が覗いている。
イケメンがいると、水のおかわりをこまめに持ってきてくれることが判明した。おかげで私のお冷はなくなることがない。
イケメンににこにことパフェを勧められて、こんなに嬉しくないことがあるだろうか。
どんなキラキラセレブでも「嬉しいな(龍が)」という副音声が聞こえてしまうとどうにもときめきようがないのだった。
そして結局私がパフェを食べる羽目になった。別にいいけど。
細長いスプーンで、白桃の載ったパフェを掬って食べていく。少し溶けているけれど冷たくて美味しい。特にときめかないとはいえ、嬉しそうににこにこしているイケメンを見ながらのパフェもいいものだ。イケメンの目線が私の斜め上に向いていたとしても。
くし切りの白桃とアイス、生クリームを食べて一段めのコーンフレークに到達した頃、神宮寺さんはコーヒーを飲みながら話を始めた。
ちなみにコーヒーフロートである。意外。
「ちとせちゃんは天津神や国津神って知ってる?」
「……なんかあの……神様の種類的な感じですか」
「そう。この国に伝わる古い神々のことだね。人智を超えた御力を持つ尊い存在だ。主に天津神は天に、国津神はこの地におわす。けれどこの国にいる神のうち、現代にはこの国津神とは違う性質の神もいる」
「神様にも色んな種類がいるんですね」
パフェを食べると、ちょっとだけ肩凝りがマシなことに気が付いた。チーズケーキに続いての甘いものでちょっと舌が飽きてくるけれど、首筋が軽くなるので私はそのまま食べ進める。
「一般的に想像するような、人々を守り導く役目を持つお方は意外と少なくてね。神というのはそもそも、人間より卓越した強さを持つ存在、という意味くらいに思ってもらえるとわかりやすい。そして厄介なのが、その神にもさまざまな性質の存在がいるということだ」
「悪い神様とかですか?」
「そう。察しが良くて助かる。さすが金龍に慈しまれているだけあるね」
金の龍というのは、神様の一種だそうだ。
平凡きわまりない一般人になぜかぐるぐるに巻き付いて頭痛肩凝り腰痛のタネになっているようなのがいるのだから、そりゃ神様も善人一辺倒ではないだろう。
幽霊に良いものや悪いものがいるように、神様にも良い人と悪い人がいるらしい。勅使河原さんによると、神様の方が力が強い分、良いのも悪いのもタチが悪いそうだ。
「あの家で連続殺人が起こったのも、神様のせいなんですか」
「それは違う。むしろ逆だ」
神宮寺さんは私の言葉をはっきりと否定した。通る声だけに、少し離れたテーブルにいた集団もちらりとこちらを向いたくらいだ。神宮寺さんがコーヒーの上のバニラアイスをひと口食べてからこちらを見る。
「あそこにいたのは、元はただの獣。人間が儀式をし奉ることによって神へと押し上げた存在だ」
「そんなことできるんですね」
「特に珍しいことじゃないよ。城の建造や水害の時に立てられる人柱も、人の枠を取り払いある種の守り神にする儀式ともいえるしね。神の力を借りられないとなると自ら神もどきを造り出すのだから人間は業が深い」
神宮寺さんの声には侮蔑が混ざっている気がした。代々神様に仕えている人からすると許せないことなのかもしれない。
「神として顕れた神と違って、人が造った神は大抵が不安定だ。人の力なしでは存続できない。管理し祀る人間がいるうちはいいけど、それが絶えると強い力だけが残る」
あの廃墟は、元は神社があった。神社が取り壊されて住宅になったということは、お参りしていた人たちがいないような神社だったのかもしれない。
目に見えない存在がいるなら、神社という建物だけを壊しても神様はそこに残り続けたのだろうか。私が思った疑問を見透かしたように神宮寺さんが頷いた。
「不安定な強い力は、人間に強い影響を及ばす。廃墟を見て分かる通り、あそこに家を建てた人間は長く住めなかっただろうね」
「あれ? でも、殺人事件は神様のせいじゃないんですよね?」
「もちろん。あそこにいたのは元は善い神だった。崇拝者を求めて周囲に影響を及ぼしただろうけど、殺戮を引き起こすほど悪いものじゃなかった。あの場所をああまで汚したのは人間だ。あの神をあそこまで壊したのも」
あの場所で殺人事件が起こったのは、本当にたまたまらしい。多少は神様の影響があったかもしれないけれど、元から殺意を持った人間が入り込んで事件を起こしたんだそうだ。廃墟なら見つかりにくいと思ったのかもしれない。
「強い殺意、そして被害者の強い感情に影響されてあの場所は穢れてしまった。犯人には居心地良く感じただろう。最初の人間の念が強かったのか、他の連続殺人犯も引き寄せるくらいにはね」
「浦上さん……」
あの場所で連続殺人をした犯人は、捕まって刑務所にいる。けれど、その犯人がやったとしたら辻褄が合わない被害者もいた。時期を考えると、あそこで事件を起こしていた犯人は少なくとも2人いたのだ。
犯人が捕まったのはかなり前のことだ。もし、辻褄が合わない事件を浦上さんがやっていたとしたら、かなり若い頃から犯行を重ねていたことになる。
「あの場所を見つけなかったら、浦上さんは普通に生きてたんでしょうか?」
「そんなことないよ。どこかで同じような犯行をしていただろうね。ショックかもしれないけれど、生まれながらにして何かを傷つけることを楽しむ人はいる。浦上矢人にとってはそれが普通のことだったんだ」
私は、浦上さんの様子を思い出した。事務所で打ち合わせをしたとき、ドラッグストアで偶然会ったとき、そして私を殴ろうとした角材を握っていたあのとき。どの瞬間も、浦上さんの様子に変化がなかった。彼にとってはどれも普段通りの出来事だったのだ。
神様に色々な性質のものがいるように、人間にも色々な性質がある。浦上さんの性質は、私にとっては受け入れ難いものだけれど。
「浦上さんは止められなかったんですね」
「とはいえ、あの場所には殺意と悪意が持ち込まれ過ぎた。神の力が穢され過ぎてしまっている。次にあそこに誰かが住めば、そこで起きる殺人事件はあの場所が原因だ」
「でも、お祓いしたんじゃないんですか? あの、龍とか神宮寺さんが頼んでくれた神様とかで」
「祓えてないね。金龍たちが守ったのはちとせちゃんと勅使河原だけだよ。あの場所はもう全部さっぱり消すしかないから、ちょっと時間がかかる。弱ってるとはいえ神を殺すんだから簡単にはいかない」
人間のために人間に造られた神様。祀る人がいなくなり、事件の現場として使われて、そして穢れたからと今度は消されてしまうのだと思うと、なんだか悲しい気分になった。けれど、もう元に戻せるような状態ではないのだろう。
私はたまたま勅使河原さんや龍がいたおかげで助かっただけで、あそこで襲われて死んでしまった人もたくさんいる。これから先に同じような被害者が出ないようにするには、仕方ないことなのかもしれない。
「ちとせちゃんも気をつけて」
「え?」
「今回のことでわかったよね。強い力を持つものと共に俗世で暮らすなら、人一倍己を律することが必要なんだ。自分のためにも、周囲の人のためにも、金龍本人のためにもね」
神宮寺さんがじっと私の目を見つめて言った。
私に取り憑いている龍も神の一種だ。ならば、今回の神様のように穢れてしまう可能性もある。そのときは、特に四六時中一緒にいる私の性質がそれに大きく影響するのだろう。
そう言われても、私は善良である自信がない。悪いことをしようとは思わないけど。
返答に困っていると、ヴーとスマホが震える音がした。
「あ、保護者にバレた」
神宮寺さんが片眉を上げる。その手にあるスマホの画面には「勅使河原」という字が浮かんでいた。




