抗う術はなかった
「では改めて自己紹介を。俺の名前は勅使河原 信臣です」
「て……? え? て?」
「勅使河原です」
握手がてらすごい名前を告げられたので、私は思わず聞き返してしまった。
「て、てしがわらさん……なんか時代を感じるお名前ですね。やっぱりお祓いとかそういう家系なんですか」
「いえこれは除霊ネームです」
「除霊ネーム?!」
「こういう仕事の時にだけ使っている名前です。本名は鈴木です」
「普通だ……何ですかそのラジオネームみたいなの」
こういう怪しい業界では普通なのだろうか、除霊ネーム。そういえば雑誌の占いページとかに載ってる名前もなんか「ナントカリーナなにがし」みたいな名前だけど、あれももしかしたら除霊ネームの一種なんだろうか。
「古来より我々日本人は本名で呼び交わさず、別名を使うことでこの世のものでない相手から身を守ってきました」
「へえー」
「私も相手がヒトではないことが多いものですから、命を守るために」
「そんな理由があってやってたんですね。てっきり厨二病的なやつかと」
「まあこの名前を考えつくまでに2ヶ月を要したことは否定しませんが」
「考え抜いた末に思いついたカッコイイ名前だ……」
もしかして着物もかっこいいから着てるタイプだろうか。そう考えるとなんかちょっと頼る相手としては心配になってきたような。
「あ、私は早乙女ちとせです。よろしくおねが」
「早乙女……もしやあなたも除霊ネームですか?」
「違います一緒にしないでくださいお願いします」
「本名で早乙女……初めて見た……カッコイイ……」
彼の厨二心に刺さってしまったようだ。握手していた手に勅使河原さんの左手が添えられ、がっしりと握られてしまった。
養子にしてくれとか言われたら断ろうとこっそり心に誓う。
「それであの、具体的にどういった感じで助けてくれるんですか」
「あ、失礼。では座り直しましょうか。お茶も冷めてしまいましたね」
再度飲み物の希望を訊かれたので「お構いなく」と答えたらマテ茶が出てきた。初めて飲んだけれど意外に飲みやすい。勅使河原さんはブラッドオレンジジュースを飲んでいた。
「簡単に言ってしまえば、俺の手伝いをするという形でバイトをしていただいたらどうかと」
「え……バイト? ここで無知なお年寄りを怪しげな宗教に陥れたり悩んでいる人にオカルトを進めたりするってことですか?」
「早乙女さんの俺に対するイメージがよくわかりました。命の危険が及びそうなので、早めに誤解を解いていただきたい」
勅使河原さんが私の背後を気にしながら宗教やらオカルトの押し売りはしていないとしっかり説明してきた。
「主な仕事はお祓いとお清めです。悪霊やら怨霊やら生き霊やら地縛霊やらに悩まされている人からの依頼で、それらを祓ったり浄化したり消したり説得したりしたのち、同じようなことが起こらないように清めるというわけです」
「説得もするんですか」
「します。意外かもしれませんが説得はむしろ一番大事な行程です」
お祓いに説得は欠かせないらしい。初耳だけれど、お祓い自体よく知らないので意外なのかといわれればよくわからなかった。
勅使河原さんは、私に取り憑いている龍とやらが見えているのと同様に、オバケも見える人らしい。それでお祓いの依頼が入ってくるのだそうだ。
「流れとしては、依頼主のところや霊障で困っている場所などに出向き、お祓いとお清めをします。移動は主に車ですが電車のこともありますね。無事に終了すればお代と交通費をもらって帰ります。大体1日で終わりますし、手こずっても3日くらいです」
「あの」
「なんですか早乙女さん」
私が手を上げると、勅使河原さんは発言を許可した。
「その、興味深い仕事だとは思うんですが、その仕事にバイトって必要なんですか? どんな仕事でもやりたい私がいうのもなんですけど、私、幽霊とか見えないっていうか信じてないし、特にお祓いとかの知識もないですし、必要のない雇用なのでは」
「そんなご謙遜を。あなたには最強の除霊兵器があるじゃないですか」
「除霊……兵器?」
勅使河原さんの目が私の顔の斜め上を見ている。そしてゆっくり左右に動いている。揺れているのだろうか、私に憑いている龍が。
「暴力的なまでに強い力を持つ黄金の龍、そんな龍に護られているあなたは、業界随一の防御力を誇るといってもいい」
「はあ」
「あなたは丑三つ時にどんな怨霊うずまく土地に行っても無事に帰ってくるという特殊能力を持っているのです」
「えぇ……」
「霊感がなくても、人によっては心霊スポットに行くだけで変なものを連れてきたりするというのに、この鉄壁。あなたはお祓い現場に行くために生まれてきたような存在なんです」
「こんなに嬉しくない褒め言葉初めてです」
普通のバイトの人なら、ついていくだけで具合が悪くなったりすることもあるらしい。しかし私は取り憑いている龍が近寄る霊を追い払うので、これ以上取り憑かれることはありえないのだそうだ。喜んでいいとこなんだろうか。
「お祓いの能力は特に求めてはいませんが、あなたの龍がいるだけでも私の仕事は格段にやりやすくなります。そしてあなたもついてくるだけでバイト代がもらえるようになる。お互いにメリットしかない関係だとは思いませんか」
「それはそうですけど……」
お祓いをする人についていくだけの簡単なお仕事って、むしろ簡単すぎて怪しさしかないんですけど。
そして仕事の話になると、いつもなら相手が断ってくる状況だというのに勅使河原さんは気にせずにスカウトしている。つまり取り憑いているらしい龍からするとブラックな仕事ではないという判断なのだろうか。それはそれで謎。
「えーと……一旦考えさせてもらってもいいでしょうか」
「あ、そう言いつつ他の仕事を探して決まったらウチのは断ろうとしていますね」
「すいません、怪しいので」
図星だったので素直に謝ると「確かに怪しいでしょうね」と勅使河原さんが頷く。怪しいという自覚はあったようでよかった。
「では、お試しで1回バイトしてみるというのはどうでしょう? もちろんバイト代は払いますし、早乙女さんもどんな仕事なのかわかってから決める方がいいでしょう」
「えぇ……」
「ちなみにバイト代は、依頼料の3分の1をお渡しします」
「……具体的には?」
気になって訊くと、勅使河原さんが自らの口の横に手を当てながら身を乗り出して来た。私も身を乗り出して耳を近付けると、こしょこしょ、と金額が告げられる。
「……お試し、よろしくお願いします」
「よかったよかった。こちらこそよろしくお願いしますね早乙女さん」
丁寧に頭を下げる。
たった1日分のバイトで、お家賃1ヶ月分が払えるとなると私に抗う術はなかった。