初夏のかげ5
「波神 権蔵です」
「よろしくお願いします」
「どうも」
もうひとりの同業者は、勅使河原さんと同じく着物に羽織。ただしこっちは昭和の白黒写真に出てきそうな伝統的な着こなしをしている。痩せ型で神経質そうな印象なので、モノクロで写真を撮ったら文豪っぽくなりそうだ。
そう思いながら名刺を見ると、肩書きの中に「作家」があった。本当に文豪かもしれない。
「私は千代田だ」
「早乙女ですよろしくお願いします」
波神さんと正反対な見た目の中年男性は、千代田さんというらしい。恰幅がよく、赤いワイシャツに金ラメのスーツという二度見必至の派手な格好をしている。室内なのにサングラスをして、そのサングラスもラメで縁取られている。マジシャンの舞台用衣装を常用しているのだろうか。依頼主の蟹田さんからバブリーさを少し引いて、サーカス要素を足したような感じ。
そんな明るい衣装とは裏腹に、千代田さんはフンと私を見下したような態度を取った。
「あのインチキ若造の助手とはね。不景気とはいえ仕事とはいえないようなもんで金をもらって恥ずかしくないのかね」
確かに勅使河原さんはインチキっぽいけれど、似たようなインチキさを醸し出している人に言われるとなんだか納得がいかない。
あと私の仕事は意外とちゃんとしている。確かにこういう怪しいお祓いに同行する仕事もあるけれど、書類の整理とか帳簿付けとか色々頑張っているのだ。それを仕事とはいえないなんて決めつけられるとちょっとムカっときた。
「千代田さんは弊社の勅使河原と面識がおありなんですね。やはり本物の方なんですか?」
「当然だろう。お前のとこのインチキと比べるな!」
「じゃあ……コレも?」
私は自分の左肩の上を指してみた。より肩こりを感じる場所だ。
千代田さんはまたふんとバカにしたように笑う。
「君もそういう心霊かぶれか。若い子はそういう“見えてるフリ”をしたがるもんだが、気を付けないと本当に悪霊に取り憑かれるぞ。遊びで荒らされちゃ困るんだよこっちは」
その言葉、そっくりそのままお返ししたい。
口を開くとついうっかり反論してしまいそうなので、私は適当に誤魔化して千代田さんと距離を取った。少し離れた場所で、波神さんが不快そうに千代田さんを見る。そして、チラッとこちらを見たもののすぐに目を逸らしてしまった。
お祓いだの霊能だのを生業としている人にも、龍が見えている人と見えていない人がいる。
そもそも私自身が龍なんて見たことがないので確証性なんてないけれど、それでも勅使河原さんの主張と同じく、私に取り憑いている龍が見える人がいるのは確かだ。だから、私には何かしらが取り憑いているらしい。
けれど、勅使河原さんと同じようにお祓いで呼ばれている人でも、龍が見える人というのはあまりいない。
ギラギラ千代田さんは全く見えていないようだ。パリドフレール瞳さんも視線を空中に向けたりしなかったので気付いていないのだろう。文豪風な波神さんは挨拶をしているときはじっと私の顔を見ていたけれど、さっきこっちを見たときにちょっと上の方を見ていた気がする。もしかしたら見えるか、そうでなくても何かを感じているのかもしれない。
今まで顔を合わせた同業者で、半分以上が何も感じていない様子だった。オーラを感じるだとか近寄りたくないと何かしらの反応を見せた人もいくらかいて、あからさまに「龍」だと断定したのは1人。その人は勅使河原さんと同時にお祓いしろという依頼されて現場で会った人だけれど、驚いたように叫んだかと思うと走ってどこかへ行ってしまった。
勅使河原さんの同業者と会ったのはそれほど多くないけれど、私に取り憑いている龍を見える確率でいうと、街ですれ違う子供とか赤ちゃんの方が見えている気がする。
この世のものでないモノをはっきり姿が見えるかどうかと、お祓いの能力が高いかどうかは別問題だと勅使河原さんが言っていた。
けれど、千代田さんみたいな、こうもあからさまに見えていないのにドヤ顔している人を見ると、やっぱりこういう仕事の中にはインチキも多いんじゃないかなと思ってしまうのだった。
「あとひとりはまだか?」
「そろそろいらっしゃると思いますが……社長、もう始めていただきますか?」
「そうだな」
蟹田さんは、さっさと終わらせたいと言わんばかりにソワソワしている。お祓いなんて長引かせたいものではないのだろう。
「勅使河原さん、もう始まるみたいですよ。一斉にお祓いするんでしょうか」
「賑やかになりそうだね」
勅使河原さんはいつも通り、落ち着き払っていた。千代田さんがこっちを睨んだり悪態をついたりしているけれど、それも完全にスルーしている。
失礼な態度を取られているのに大人な対応だなあと思っていると、勅使河原さんが「あ、お前か」と呟いた。
私が聞き返す前に、勅使河原さんは後ろを振り向く。それと同時にエレベーターのチンという音が鳴り、両開きのドアがゆっくりと開いた。




