初夏のかげ4
「失礼しました。私、勅使河原 信臣と申します」
笑いをどうにかおさめた勅使河原さんが咳払いをして自己紹介すると、ハッと我に返ったワイシャツ姿の中年男性が恰幅のいい男性に耳打ちした。
恰幅のいい男性も耳打ちした男性と同じくらいの年齢だけれど、表情が「なんだこの爆笑男は」と言わんばかりで勅使河原さんのことをあからさまに訝しんでいる。
無理もない。中折れ帽子に黒髪パーマ、丸メガネ、大正っぽい着物にスニーカーである。ただでさえ怪しいのに爆笑しながらの登場となると穏やかな第一印象とはかけ離れて当然だ。
「先日は代理の方とお話しいたしましたが、ご依頼主様ですね」
「ああ、まあ、よろしく頼む」
なんか偉そうというかお金持ってそうみたいな、ちょっと派手なスーツの男性は、ジロジロと勅使河原さんを眺め回しながらも握手の手を出した。手首に金色の鎖のブレスレットが付いている。この男性がビルのオーナーらしい。このバイトを始めてから、中年以降かつ金色の鎖のブレスレットという組み合わせはそこそこお金を持つ男性に当てはまりやすいことを知った。
握手が終わると、部下っぽい中年男性の方がぺこぺこと頭を下げつつ話し始める。
「勅使河原様、こちらが弊社社長の蟹田です。そしてこちらが同じくお祓いをお願いした方々でして、もうおひと方いらっしゃると全員となりますのでご到着次第始めさせていただきます」
「わかりました。こちらは助手の早乙女です。本日はどうぞよろしくお願いいたします」
依頼主の人たちに頭を下げ、それから同業者だという人たちにも挨拶をする。私は助手なのでこの場でたぶん一番の下っ端なため、積極的に話しかけて挨拶することにした。
あとひとりはまだ来ていないという言葉通り、そこには3人の人がいた。
ひとりは女性だ。茶色に染めたパーマの長い髪に、濃い紫色の服。ネックレスとブレスレットはパワーストーンのようだ。重ね付けのペンダントは、金色で何かの像のような形をしている。年齢でいうと、私の母親と同世代か少し上だろうか。しっかり化粧をしているのでわかりにくい。
「本日はお世話になります。勅使河原事務所の早乙女と申します」
「私はパリドフレール瞳と申します。よろしくお願いいたしますね」
赤く塗られた長い爪が、名刺を差し出してきた。丁寧に頂戴しつつ、勅使河原さんに作ってもらった名刺を渡す。
勅使河原さんから「名刺作ろうか」と言われたときには、お祓いとか除霊とかそういう業界に名刺なんかいるだろうかと思ったけれど、これが意外と渡す機会が多い。そして勅使河原さんの同業者の人の名刺は、なんか派手で凝ってるものが多い。
いただいた名刺は赤と紫のグラデーションの光沢ある紙に、銀色の箔押しで文字が並んでいた。パリドフレールはアルファベットっぽいもので書かれている。「鑑定師・霊媒師・1級呪術師・公認占星師」といった肩書きが並んでいたけれど、こういったゴテゴテした肩書きも勅使河原さんの同業者としてはいたって普通のことだ。裏面には「雑誌RRにて占い大人気連載中!」と書かれQRコードが印刷されていた。RRは女性向けのファッション誌で、私でも知っている。なかなか有名な人らしい。
「あなた……ちょっとよろしいかしら?」
「え、はい」
パリドフレール瞳さんが、私の手を取る。ふわりと香水の匂いがして、大きな楕円形のトルコ石の指輪がギラついた。手のひらを指でなぞられる。手相を見られているようだ。それからまじまじと顔を見られる。
「あなた、ちょっと運勢が悪いわね。今までご苦労なさったでしょう?」
「え、はあ……まあ……」
「不思議なご縁で今のお仕事にお就きになったのね」
「そう……ですね……」
「ちょっと大変そうな星の生まれだけれど、もうすぐしたらいいことが起こるわよ」
これ差し上げるわ、という言葉と同時に、掴まれていた私の手にするりと何かがはめ込まれた。濃い青色のパワーストーンブレスレットだ。
「あの、いただけません」
「いいのよ。この子があなたを守ってくれるわ。ラピスラズリはあなたの本来の強さを引き出してくれる石なの」
「はあ……」
この青い石は、ラピスラズリというらしい。名前は聞いたことある気がする。ありがとうございますと礼を言うと、パリドフレールさんはにっこりと微笑んだ。
本来の強さって、龍のことじゃないよね。
心の中でつぶやいて、それはないかと思い直した。
この人には、私の龍が見えていないようだ。




