にこにこ
翌週。
「いやあ本当に助かりました。依頼しといてなんですが、呪いなんてあるわけないと思っていたんですよ」
勅使河原さんに呼び出されてマンションに行ってみると、そこには佐々木夫妻がいた。
初対面になる佐々木さんは奥さんに支えられていたけれど、顔色もよく調子も良さそうだ。寄り添っている奥さんの表情も明るい。
「それがあんなことになってねぇ……妻によると意識不明だったみたいなんですが、私はずっと首を締め上げられている夢を見ていて」
思い出したのか佐々木さんはブルッと体を震わせたけれど、気を取り直したように「本当に助けてくれてありがとうございました」と頭を下げた。
勅使河原さんにお祓いの依頼をした佐々木さんは、現地の様子を一人で見に行ってその夜に倒れてしまった。普段から健康的な生活をしていて、人間ドッグも受けたところだったので奥さんは「呪いのせいだ」と思ったらしい。
首を絞められる夢というのは、あのホテルで首吊りがあったというのと関係があるのだろうか。そういう前情報があったから見てしまった悪夢かもしれないけれど、佐々木さんが元気に回復できてよかった。
飲むヨーグルトを飲んでいる勅使河原さんも満足そうに頷いている。
「入ってみると中々複雑でかなり手こずりそうだと思ってたんですが、うちの助手の早乙女がパパッと片付けてくれまして。今回のご依頼は彼女の活躍があってこそ解決できたようなものです」
「え、いや」
「そうでしたか。勅使河原さんもかなり腕の立つ方だと聞いてたんですが、やはり助手の方もそういう能力があるんですね」
「主人ともども本当に感謝しております。こちら、お礼といってはなんですが」
「えっ」
差し出されたのはお菓子が入っているらしい四角くて大きな缶と、そしてそれに乗っている封筒だ。封筒はやたらと厚みがある。
「あの、いただくわけにはいきません!」
「私たちの気持ちとしてどうか受け取っていただけませんか。命を救われたというのにこのようなもので申し訳ありませんが」
「いえ、あの、私はバイトなので……」
視線で勅使河原さんに助けを求めると、まあまあと割って入ってくれた。
「依頼料はきちんと頂いたので、過度なお礼はお断りしておりまして。助手の早乙女もこちらのお菓子だけなら喜んで頂戴すると」
「でも、それだと私たちの気がすみません」
「仕事にご満足頂けたなら、また何かあったときにウチにお声がけ下さると助かります。うちはクチコミ商売なので、困っている方にオススメいただけるとそれ以上の報酬はありません」
勅使河原さんは鮮やかな手つきで封筒を奥さんに返し、同時に受け取ったお菓子を私に持たせる。
高級外車を乗り回しているのでお礼もたんまり頂くのかと思っていたら、意外とキッチリしているようだ。依頼料で十分に潤っているのかもしれない。
にこにこと勅使河原さんが営業すると、佐々木さん夫妻も笑顔で頷いた。
「もちろんです。我々の不動産にまだいくつかいわくつきがありますので、そこも勅使河原さんにお願いしたいと思っているのですが」
「ありがとうございます」
不動産をいくつか所有しているという富豪っぷりに驚けばいいのか、いわくつき物件が珍しくないことに驚けばいいのか迷っているうちに、佐々木さんと勅使河原さんは握手をしていた。
龍によってすっかりさっぱり綺麗に浄化されてしまった呪いのホテル跡地も、整地してゴルフの打ちっぱなしを作るらしい。佐々木さんの度胸がすごい。こういう思い切りの良さがお金持ちになる秘訣なのかもしれないとこっそり思った。
「では近々日程を決めましょう」
「はい。お祓いのときは助手の方も一緒にお願いします」
「えっ」
「もちろんです。うちの早乙女はとても優秀ですから」
「えっ」
にこにこしている3人に見つめられ、私は視線を泳がせた。嬉しそうな佐々木夫妻に、何を考えているのかよくわからない勅使河原さん。そしてお菓子の缶を持っている私。
しばらく見つめられて、私は頷いた。
「こ、今後ともよろしくお願いします……」




