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憑かれた私と怪しい男  作者: 夏野 夜子
第1章 憑かれてますよ
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ただの小型の野生動物ですよ

「早乙女さん、あれはただのゴキ」

「いやああああ!!!」

「……あれはただの小型の野生動物ですよ」

「きもちわるい!!!!」


 勅使河原さんが懐から取り出したペンライトで照らし、黒光りするその姿にゾッとする。勅使河原さんを盾にしてホールの方へ3メートルほど後退りした。勅使河原さんはその場でこちらを振り向いている。


「あのー、早乙女さん、コレ見て怖がってたんですか?」

「光を当てないで!!」

「あ、はい。あの、こっちの方じゃなくて?」


 勅使河原さんが腕を動かし、それに伴ってペンライトの光が壁から廊下の奥へと移動する。照らし出された廊下の奥を見て、私はさらに絶叫した。


「ギャーッ!!!」

「あ、やっぱりこっちも見えるんだ」

「でかクモきもちわるいー!!!!」

「えっあっ早乙女さん待って!! そっちの部屋は……」


 廊下の奥で静かに長い足をうごめかした存在に、私の体は反射的に後ろを向いて走り出していた。背後からあの不必要な数の手足を持った大きな生き物が襲いかかってきているような気がして、止まるとすぐ近くにいるまた別の何かに気が付いてしまいそうな気がして、無我夢中で建物の中を走る。

 割れたガラス片を飛び越え、転がったクッションを避け、ベニヤ板のようなものを踏んで、私が辿り着いたのはロビーよりもさらに広い空間だった。


 大広間というのか、所々に残っている壁紙はロビーよりも豪華なもので、剥がれかけた天井は高く、そして部屋の中央にはシャンデリアが崩れたまま放置されている。その一部のようなドロップ型のガラスのようなものが扉近くにいる私の足元まで転がっているので、外されたというよりは落ちたのかもしれない。明かりが点いていたころは輝いていたであろうそれは、長年の汚れでむしろどす黒いように見えた。

 いや、汚れているのは床の方だった。赤いベルベット色のような色だったはずの絨毯なのに、所々に真っ黒な汚れが浮かんでいる。


「早乙女さーん!」


 遠い背後から、勅使河原さんの声が聞こえる。

 返事をしようと振り向いて、私は悲鳴を上げた。

 廊下の壁に巨大な白っぽい蛾がいる。


「いやあああああ……あれ?!」


 図鑑で見るのもゾッとするようなそれに思わず両手で二の腕を擦ったけれど、その姿はすぐに見えなくなった。

 両開きの扉が音もなく閉まったからである。それも、この大きさならばゆっくり閉まるだろうと思うような厚い扉が、あっという間に。


「…………」


 とりあえず、よかった。

 目に入った情報を必死に消し去ろうと扉を凝視しながら、そのドアノブをゆっくり握る。


「開かない……」


 鍵が閉まっている時のような、ドアノブの僅かに回る余地もないほどに、それは動かない。力を込めるとわずかに動くけれど、それはすぐに戻されてしまう。

 ドアの向こう側から同じようにノブを握っていたらこんな風に動かないかもしれない、とちょっと思った。

 ドアノブから手を離して、私はハッと気付く。


 いや、開けたらアレがいるわけだし、開けないでいいのでは。


 もしかしたら勅使河原さんがこっちに来る途中でアレに気が付いて閉じてくれたのだろうか。

 処理するまで私にアレを見せないようにという気遣いかもしれない。


「勅使河原さん、しっかり外まで追い払ってくださいー!」


 扉越しに希望を伝える。

 不意に首筋にひんやりとした感覚がした。






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